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2021年7月15日 (木)

ながらスマホ 横断歩道や踏切で 命取り

 今の世の中、これでいいのだろうかと思う光景の一つにスマートフォンから離れられない姿です。それは道を歩いていても、交差点を渡っていても、横断歩道や踏切を渡っていても、昨今は若い人のみならず老若男女が首を斜め下に向け、全員同様の姿勢でスマホを見つつ歩いてます。予想外の突発的事象が生じても対応が遅れるでしょう。

 私は時々電車に乗りますが、乗客20人中、19人ほどがスマホに集中してます。個人の行動はその人の自由ですが、車両内は静まり返って、横一列に椅子に座り、並んでスマホを見てる光景は誠に異様であり、今までなかった社会現象です。一体、この世はこれでいいのだろうかと不安に感じるのは私だけでしょうか。

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 と言う私もスマホを使ってます。その利点は、確かにラインは一人暮らしの私にとって、昔、懐かしい賑やかな家族団欒をも彷彿させる働きが感じられます。やり取りは一対一でなく、グループで雑談ができるので、互いに身はどんなに離れていても、いつも一緒に、その場にいる感覚でやり取りできる時空を超えた優れものです。

 先日、娘の一人が北海道に行ってましたが、写真付きで津軽海峡の景色や、同行した秋田犬の元気な様子まで手に通るように伝え、私のみならずもう一人の娘もそれにコメントし、私もそれを読みつつ、皆での会話状態になりました。

 一方、車が好きな私は運転中、必ずスマホを携帯してます。これは運転途上で何かあっても、すぐに関係先に連絡できる安心感があります。しかし、使ったことはありません。今では、公衆電話が激減し、いざというときスマホは至極便利です。

 このように昔に比べ、スマホは安全面のみならず、カメラ付きのため写真撮影が可能であり、ナビや物品の支払いなど、たくさんの機能を備えてます。昔の生活に比べたらスマホは夢のように便利な必需品になりました。しかし、要は使い方ではないでしょうか。スマホは上手く使えば生活の質を非常に高めます。

 しかし、冒頭で述べたとおり、道路を歩きながらずっと首を斜め下に向け、スマホにくぎ付けの状態は、私には、逆に人間がスマホに使われているようにも見えます。交通安全上、危険極まりない行動です。私の家の前の細い道も時々若い女性が歩いて通過しますが、常に歩きスマホで集中してることが分かります。中には一人で歩いてるのに、スマホを耳に付けてないで話しながら歩く光景も目にします。何と不思議なことでしょう。そばに2~3人いるのかなと改めて見ると、やはり、一人で歩いてます。

 この光景を見るにつけ「これは本当に科学の進歩なのだろうか」と、未来が心配に感じます。今や、一時としてスマホを見てないと不安でいられない人もいるのでしょう。

 私が「スマホ漬け」の状態を見て心配するのは、手書きで漢字を書く機会が減少したり、視力の低下が進んだりしないかということです。しかし、それにも増して危惧するのは、スマホとは、その殆どが情報受け入れの状態であることから、人間として大切な「自らの創造力を培う」時間が奪われるのではないかと思います。

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