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2021年12月 4日 (土)

戦争の 名残を残す 群馬の森

Img_2629
 
 群馬の森の最も東の場所には、ご覧の池があり、この池の周囲を巡ると丁度、森全体を半周したことになります。
 
 実は群馬の森は第二次大戦中、日本軍の秘密基地であり、この中で砲弾の火薬が製造されてました。もちろん、このことは今は亡き両親から聞いた話です。
 
 ですから現在、森の中を散策しても、それを彷彿させる大きな土手がたくさんあります。この土手は火薬を製造中、もし間違って爆発しても周囲に爆発物が飛び散らないように工夫されていたのです。21世紀の現在でも、その名残は明白です。
 
 現在でも無数の巨木に覆われた森ですが、戦時中は外部から上空から見えないための役割りを持った巨木たちです。人々が散策する一見、平和な自然が残ってるように感じますが、歴史としては先の第二次大戦に大きく関与していた森だったのです。
 
Dear my friends overseas
 At the easternmost place of the "Forest of Gumma", there is a pond as you can see in the photo taken by me, and if we go around this pond, we have just made a half round of the entire forest.
 
 In fact, "Forest of Gumma" was a secret base for the Japanese army during World War II, where gunpowder was manufactured. Of course, this is a story I've heard from my late parents during childhood.
 
 So now, even if you take a walk in the woods, there are many large banks that are reminiscent of it. During the production of gunpowder, this bank was devised so that explosives would not scatter around if it accidentally exploded. Even today in the 21st century, its remnants are clear.
 
 Even today, the forest is covered with countless giant trees, but during the war they are giant trees that have the role of being invisible from the outside or sky. At first glance, people walk around, and it feels like peaceful nature remains, but historically it was a forest that was heavily involved in World War II.
 
※上の英文をネイティブの発音で聴くには英文をドラッグしてコピーし、次に貼り付けて下さい。なお、右上の欄を必ずUS Englishにしてください。https://ttsreader.com/ja/...
 

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群馬の歴史」カテゴリの記事

コメント

群馬の森に、今も、戦争遺跡が残存していると知って、気分が重くなりました。
某所へは、先週の火曜日にいきました。夜空には、一つ星、木星が輝いていました。

化薬は火薬なりさんへ・・・時代の変遷とともに、昔のことを知ってる人は少なくなり、歴史は次第に闇へと消えていきます。
 本文の観点で、群馬の森を散策すると往時の爪痕は今も残るので、次回は、もっと深く敷地内の奇妙なものを発見してみようと思います。

 横浜市港北区の慶応大日吉キャンパス地下に旧日本海軍が建設した「連合艦隊司令部日吉地下壕(ごう)」があり、戦艦大和の沖縄出撃や神風特別攻撃隊の出動指令は同地下壕から指令された。神奈川県の県立歴史博物館で、日吉地下壕の特別展が開かれたことがる。ゆかりの品々も展示され、風化しつつある戦争の記憶を後世に伝えていた。
 群馬歴史博物館も、「群馬の戦争記憶展」を企画し、手始めに、公園内の、戦争遺跡を整理し紹介したらどうだろう。


                   

平和の森さんへ・・・おはようございます!
 大戦中はこのような所が日本中にあり、ここ群馬の森はすぐ東に井野川が流れ、まもなく烏川に直結し、船により、東京への物資輸送に好都合だった立地条件があったのでしょう。
 一方、ここには軍事工場での朝鮮人強制労働の碑もあったのですが、県が公園に設置は相応しくないとのことで、問題になってましたが、現在あるかどうかは不明で、次回にしっかり確認してきます。

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