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2022年6月 7日 (火)

棚下に 凱旋記念碑 建っている

P1010217
   
 子供の頃、19世紀末に生まれた父から「日露戦争に勝った話」をよく聞きましたが、具体的な内容はあまり分かりませんでした。
   
 ウィキペディアによると、「日本と南下政策を行うロシアとの間で行われた戦争で、朝鮮半島と満洲の権益をめぐる争いが原因となって引き起こされ、満洲南部と遼東半島がおもな戦場となったほか、日本近海でも大規模な艦隊戦が繰り広げられ、最終的に両国はアメリカ合衆国の斡旋の下で、ポーツマス条約を締結した。
   
 条約では、日本に、朝鮮半島における権益を認めさせ、ロシア領であった樺太の南半分を割譲させ、またロシアが清国から受領していた大連と旅順の租借権を獲得した。」とあります。
   
 数年前に、私は群馬県渋川市赤城町棚下を訪れました。ここは赤城山西端の絶壁がある場所で「不動の滝」と「日露戦役凱旋紀念」の碑が建っており、ロシアは日本とも戦争したことを実感しました。
    
Dear my friend who wants to know history
 When I was a kid, I often heard story from my father who was born at the end of 19th century, about winning the Russo-Japanese War, but I didn't know much about concrete contents.
   
 According to Wikipedia, "The war between Russia which has a southward policy and Japan, was caused by a dispute over the interests of the Korean Peninsula and Manchuria in the northern China, mainly in the southern part of Manchuria and the Liaodong Peninsula. In addition to becoming a battlefield and a large-scale fleet battle was fought in the sea near Japan, and the two countries finally signed the Treaty of Portsmouth under the arrangement of the United States.
   
 The treaty recognized that Japan got its interests in the Korean Peninsula, and Russia ceded to Japan the southern half of Sakhalin which was a Russian territory, and Japan acquired the right to borrow from Dalian and Lushun, which Russia had received from China.
   
 By the way, a few years ago, I visited Akagi-town at Tanashita, Shibukawa City, Gumma Prefecture, Japan. This is the place located the long cliff at the western end of Mt. Akagi . There is "Fudo Waterfall" and the monument of "Russo-Japanese War Triumph" in the photo, is built. Therefore I realized that Russia also had a war with Japan.
   
※上記の英文をネイティブの発音で聴くには英文をドラッグしてコピーし、次に貼り付けて下さい。なお、右上の欄を必ずUS Englishにしてください。https://ttsreader.com/ja/...
    

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歴史」カテゴリの記事

コメント

 いよいよ梅雨入り。昨日は晴耕雨読。ロシアのウクライナ侵攻が気になる折り、永井隆博士の「長崎の鐘」(昭和21年脱稿)を読む。原爆投下のすさまじい惨状と自らも重傷を負っての必死の救護活動の記録。読んでいて、不思議に暗澹たる気持ちにならない。博士の信仰を持ち、神の意志を生き抜く姿勢がそう感じさせたのだろう。
 原爆についても、科学的に詳しく論じて、長崎に投下された原爆の威力は、爆撃機2000機による爆弾投下に相当すると述べている。後遺症としての原子病についても論述している。
 「人類は原子時代に入って幸福になるであろうか?それとも悲惨になるであろうか?神が宇宙に隠しておいた原子力という宝剣を嗅ぎつけ、捜し出し、ついに手に入れた人類が、この両刃の剣を振っていかなる舞を舞わんとするか?善用すれば人類文明の飛躍的進歩となり、悪用すれば地球を破滅せしめる。いずれも極めて容易簡単な仕事である。そして右にするか左をとるか、これまた簡単に人類の自由意志にまかせられてある。人類は今や自ら獲得した原子力を所有することによって、自らの運命の存滅の鍵を所持することになったのだ。思いをここに致せば、まことに慄然たるものがあり」といっている。
 投下後、まもなく、蟻、ミミズが見つかり、朝顔の花も咲いた。小動物がこんなふうに生息できるのだから、人類の生息はできると私たちは考えた。博士は希望を失わなかった。
 廃墟となった浦上天主堂の瓦礫から鐘が掘り出され、クリスマスの夕、事変以来途絶えていた鐘がカーン、カーン鳴り響いた。鎮魂の鐘が、平和の鐘が・・・。

老い丼さんへ・・・おはようございます。早朝より、中身のある長文を有難うございます。
 もったいないので、このまま新聞に投稿したらいかがでしょう。
 父からは日清戦争の話も少し聞きましたが、日清、日露戦争に勝ったことが、当時の日本軍部を強大にしてしまい、太平洋戦争へと無理した突入に至ったのでしょう。
 人間とは、やたらつまらぬ自信を持つととんでもないことになります。

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