カテゴリー「倉賀野の歴史」の5件の記事

2021年3月18日 (木)

10年ぶりに倉賀野町の冠稲荷神社に詣でる

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 先日、私の家から烏川の畔に位置する広大な緑地公園までウォーキングしたところ、対岸の阿久津側の岸がきれいに整地され始め、今までの原始林のような荒地から見違えるようにきれいな光景が目に入ります。やはり人間の手が入ると良くなります。

 帰路に暫くぶりに横町にある冠稲荷に立ち寄りました。もしかして、倉賀野の住民でもこの冠稲荷の存在や場所を知らない方が多いのではないでしょか。

 370年前からこの地・横町に建立されていたと記されています。先日は社殿の前で一礼し、鐘を鳴らし、健康について感謝し、今後について誓いを新たにしました。

 ここへの行き方は、今では塞がれてる五貫掘りの通学路を、仲町と下町の間にある太鼓橋から50mほど南に行くと、右手に階段があり、そこを登ればすぐの所です。または、旧17号の仲町の信号を100mほど東に行き、横町に入り50mほど行き、今度は東に曲がると鳥居が見えます。どちらも近くに駐車場はないので歩いて行くことになります。

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【五貫掘りからの階段を登れば、冠稲荷神社へ】

 私は五貫掘りの上を塞いで完成した小学生の通学路を度々ウォーキングしてるので、太鼓橋のすぐ南の途中にこの階段があることは以前から知ってました。しかし、まさか、この階段が冠稲荷への石段だとは気づきませんでした。先日は参拝後に上から下りて来たら、いつも通っている五貫掘りの道に出たので驚きました。

 この冠稲荷についての説明は次の通りです。

 この稲荷は三光寺稲荷神社とも呼ばれ、延宝二年(1647)に勧請が行なわれ、同七年にこの地に造営されました。当時は、倉賀野宿の旅籠屋やそこに働く飯盛り女たちの信仰を集めていました。

 しかし、明治四二年(1909)の神社合併政策により、ご神体は倉賀野神社へ合祀されることになると、同四〇年に、社殿は川曲村(現前橋市川曲町)へ売却され、諏訪神社として移築されました。

 同村は江戸時代は倉賀野宿の助郷の村で、幕末は倉賀野宿寄場組合に属し、縁の深い関係にありました。

 ところが、その後、町の人の夢にお稲荷さんが現れて「元の場所に戻りたい」と泣くと言うことから、この横町に昭和十一年に再建され、冠稲荷となりました。

 現在も毎年4月8日に祭礼が行なわれています。

 

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2021年1月25日 (月)

天明三年・浅間山大噴火による大飢饉を救った池

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【倉賀野駅北に広がる鯉池】・・・今朝、撮影。拡大してご覧ください。

 私が子供の頃の故郷・倉賀野には、これと言って見るべきものはありませんでしたが、この広い鯉池では鯉がたくさん養殖されており、日曜日などに遊びに来た思い出があります。当時は小池と思ってましたが、鯉池だったのです。

 現在では、埋立てにより当時より狭くなり、鯉の養殖はされず、農業用水として、この界隈の田への供給が主たる目的で一年中、満水を維持し、冬季にはシベリアからと推定される鴨など水鳥のサンチャリーとなり、長閑な光景が通る人を和ませています。この鯉池は電車からも見えます。

 明治29年生まれの父から、私はこの鯉池の成り立ちについて教わったことはなく、ただ農業用灌漑のためとは思っていました。ですから、その目的は当たってます。しかし、最近になってこの池についての説明書きが池の渕に立った看板で示され、それは思いも寄らぬ江戸時代の実情によるものでした。

 それは江戸時代中期の倉賀野の農民の窮状が伝わる内容で、私はこの事実を目の当りにし、この鯉池は238年前の農民の苦難の歴史を今に伝えてることが分かり、建設機械のない時代、倉賀野の先人が農業再生のため、この大きな池を人海戦術で建設した想いが蘇り、胸に迫りました。以下は立て看板が伝える内容です。

 タイトル・・・新堤【通称鯉池】・・・

 倉賀野町には「古堤」と「新堤」と呼ばれる二つの灌漑用溜池があります。新堤がこの溜池で、天明三年(1783年)に着工し、足かけ4年の歳月をかけ、天明六年に完成したものです。

 新堤の工事が行われた天明年間は、史上まれにみる多難な時代で、天明3年7月には浅間山が大噴火し、倉賀野近辺でも、火山灰が2~3センチも降り積もり、田畑は壊滅的な被害を受けています。その後も天候不順で大凶作となり、いわゆる天明の大飢饉が発生しました。

 このような困難を乗り越えて造られた新堤は、その後、倉賀野町の東部・東南部の田畑を潤してきました。現在、建設当時より若干狭くなりましたが、今なお、用水地として機能し、また、四季を通じて独特の水辺の風景を演出しています。

 ・・・立て看板による説明書きは以上の通りです。・・・

 浅間山から50Kも離れた倉賀野町には、今でも天明三年の浅間山大噴火の形跡を示すものがこれ以外にも残ってます。それは田畑に降り積もった火山灰を集めた「灰塚」なるものです。

 実は57年前に亡父が農家から購入した私の土地の周囲は元々田んぼでしたが、私の土地だけ地盤が高かったです。このため今でも地面を掘ると浅間砂が出て来ます。つまり、灰塚だったのです。火山灰【別名・浅間砂】は米作りに都合悪くても、庭木の成長に欠かせない水はけの良さがあり、とても都合が良いです。このため、毎年、春になると紅梅や花桃など、よく咲きます。今後も、いろいろ散策し、故郷・倉賀野の歴史的事実を捜したい。 

  

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2021年1月14日 (木)

60年前、今宵の倉賀野は祭りで活気に満ちてた

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 昭和30年代までの倉賀野では、今日1月14日の晩は各地区【上町、仲町、下町、南町、田屋町(大門ともいう)、田小屋町、正六】から山車が出て、町内は山車の行列で、町民がたくさん繰り出し、誠に賑やかでした。太鼓の音、笛の音、鉦の音が入り乱れ、その雰囲気は殺気に満ちてました。

 というのは、倉賀野町は今では高崎市に属し、敢て言うならば文化的行事が殆どなくなりましたが、昭和33年頃までの当時は町長や多数の町会議員が存在し、その他、各地区にそれぞれ指導的な人や有力者がいて、我が町内こそ最も勢力があるかの如く振舞い、それを他の地区に見せつけるように町内別にそれぞれが強い仲間意識と対抗意識ありました。

 1月14日の晩とは、翌朝に烏川の河川敷で、各町内ごとに正月飾りの門松などを集めて焼却する「道祖神」で、通称「どんど焼き」の風習があり、その前夜祭です。「どんど焼き」では町民は総出で各自が餅や枯れ枝に刺した繭玉を持ち寄って、燃えてる道祖神の火でそれを炙り、食べたものです。近くでは山車が道祖神のための独特のリズムを叩いています。

 ですから、1月14日の晩と15日の朝は町中がお祭り騒ぎとなり、今では考えられない程、それは賑やかな倉賀野町の一大イベントでした。前夜祭の最後では、つまり午後8時から10時頃までは、各町内の山車が倉賀野の中心地である駅前の四ッ角【通称・重田屋付近・現中町信号】付近に集まり、互いに四方八方から向い合い、大きな音で、太鼓や鉦、笛で奏でます。この殺気だった雰囲気はもう町内対抗戦を呈しています。

 各地区の太鼓の叩き方や笛の節は微妙に異なり、他の町内の勢いに負けまいと力いっぱいの叩き合いです。このことを「しゃぎりっこ」と言いました。このとき山車についてる提灯名がおもしろく、仲町は「な組」、下町は「志組」、南町は「美組」、田屋町は「田組」と、それぞれに組と書かれ、これからも町内ごとの団結と、他に対する対抗意識が強く感じられます。

 この祭りは、おそらく江戸時代から続いていた考えられます。以前にブログで記述した通り、江戸時代には、倉賀野が烏川を使った江戸からの河岸で、大変な賑わいだった頃から続いていたと考えられます。

 ところで、この祭りの他、当時の倉賀野では、12月24日に松市が開かれ、倉賀野町民のみならず倉賀野を取り巻く当時の周辺農村各地からも、多くの人々が正月用の松飾りを買いに来て賑わったものです。その場所は現在の仲町の旧・小金沢医院から倉賀野駅にかけての道の両側に店がたくさん出て、老若男女は年中行事として楽しみました。この日はこれと共に町中の商店が年末大売出しでした。私の家も「原道屋」という屋号の金物商店だったことから、買物客が多く、近くの叔父も店の手伝いに来てくれました。

 ところで、これらの祭りが衰退したのは、先ず、町村合併で高崎市になり、町長や町会議員いなくなったこと、そして、何より車社会に突入し、国道の一般道を遮断して、そのような祭りは不可能になったこと、また、いわゆる各町内にまとめ役がいなくなったためと考えられ、今後、このような祭りが再び、行なわれることはないでしょう。今では考えられないことですが、各町内はそれぞれ凄い団結力がありました。

 同様に、7月14日の晩に行なわれていた通称「ワッショイ」と言った万灯で倉賀野を町内ごとに練り歩く行列もなくなりました。子供たちは各自が万灯を作り、その四方に好きな絵を描いて行進したものです。現在、倉賀野で続いてる祭りは倉賀野神社の春秋の祭り、と下町の諏訪神社で行なわれてる「相撲の祭り」のみです。
 

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2020年8月16日 (日)

今宵、倉賀野の閻魔堂のお祭り

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 今宵8月16日は倉賀野の閻魔堂のお祭りです。お堂の中には百万遍という大きな数珠あっても、地元・倉賀野の人にもあまり知られてないようです。ここは分岐点であることから江戸時代に旅人が
立ち寄り、この数珠で道中の安全を祈願したと考えられます。

 数珠は直径4mほどの大きなもので紐で結ばれてます。それを歌に合わせて皆で回しながら、大きな木製の珠が自分の前に来たら自分の身体の悪い所にそれを付けます。私は頭に付けました。ここ閻魔堂で日光へ行く道と、江戸に行く道に分岐します。


 Today, August 16th, is the Enmado festival in Kuragano-town. Even if there is a long beads named Hyakumanben in the hall, it seems that the local people in Kuragano do not know much. I guess that travelers visited here and touched the beads during the Edo period to pray for safety along the way.

 The beads are about 4m in diameter, and are tied with a long string. While turning it along with the song, when a big wooden bead comes in front of you, you attach it to your bad place. I put it on my head. The road forks to Nikko and Edo at this Enmado.

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2020年7月21日 (火)

今でも名残をとどめる倉賀野河岸と倉賀野宿

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 我が倉賀野町の南を流れる「烏川」の景色は今でも港の雰囲気が残ってます。歴史を紐解くと、江戸時代には舟利用の運搬が盛んになり、全盛期には76の業者があったと伝えられます。

 江戸へ向かって米、麦、タバコ、織物、木材が運ばれ、江戸からの帰り舟で魚、油、茶、塩、砂糖などが運ばれ,当時は、旅館71軒、茶屋9件、商家34件、造り酒屋2軒あり、倉賀野宿の賑わいは大変なものであったと言われます。明治になって鉄道が敷かれ、舟による運搬は次第に役割を終え、急速に寂れていった。

 一方、倉賀野町には今でも河岸に通じる「牛街道」と言う名の道が残っています。江戸から来た荷物を今度は牛舎で陸上輸送した道です。私は昨日のウォーキングでここを通りました。


 The scenery of "Karasu-River" that flows through south of my Kuragano-Town still remains the atmosphere of port. Looking at the history, boat transportation was popular during the Edo period. There were 76 traders during the heyday.

 Heading for Edo, rice, wheat, tobacco, textiles, and timber were carried. On the return boat from Edo, oil, fish, tea, salt, sugar, etc were carried. At that time, the bustle of Kuragano-post was extremely crowded. There were 71 inns, 9 tea houses, 34 merchants, and 2 liquor breweries. In the Meiji era, railroad was open and gradually the transportation by boat ended its role.

 The road named "Ushikaido" where is the access road to the port still remains in Kuragano Town. This is the road where the luggage from Edo was transported by oxcart. I passed this road by walking yesterday.  

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