カテゴリー「文化・芸術」の24件の記事

2017年8月10日 (木)

気高い校歌に深く感銘・・高校野球甲子園大会

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 今日は夏の全国高校野球甲子園大会第一試合をテレビで見ました。千葉県代表・木更津総合VS石川県代表・航空石川の試合です。前半戦は木更津が優勢のうちに9回を迎えたところ、航空石川がツーアウトから猛攻となり一挙4点を獲得し、航空石川が6-5で見事な逆転勝利になりました。諦めなければ勝利の女神が舞い降りることを実感です。
 
 勝利と共に整列した航空ナインは、放送で流れる校歌を聴きつつ歌いつつ、どれ程か母校の勝利に誇らしさを感じたことでしょう。
 
 一方、地方大会では放送用校歌は各校で用意するようですが、甲子園の全国大会での校歌演奏は日本高校野球連盟で制作したためでしょう。さすがに、どの学校の校歌を聴いても、誠に気高く、歌詞と共に旋律に格調高い芸術性が感じ取れ、高校野球を見る大きな楽しみの一つです。
 
 これは一つに日本高野連が高校野球を単に勝負のみに拘る一つのスポーツと捉えず、総合教育の場として、例えば開会式の内容を充実させ、特に国歌における声楽の力量は非常に崇高さが漂います。夏の大会は合唱ですが、春の選抜大会では高校声楽コンクール全国第一位の生徒が独唱です。
 
 これを聴いて日本の国歌について改めて、その美しさと気高さ、更に芸術性を再確認する方が多いのではないでしょうか。私たちは日本国民でありながら、日本国歌の芸術性ある声楽演奏に、あまり触れる機会がないのが現状でしょう。
 Photo【群馬県大会・・・私が勤務してた県立前橋高の応援風景】
 
 ところで、甲子園大会では勝利したときのみならず、2回の表に両校の校歌が流れます。この校歌を聴いて、我が校の校歌はこんなに素晴らしい音楽であったのかと改めて感じる生徒はもちろん、全国に散らばってる卒業生が多いのではないでしょうか。
 
 これは校歌の作品としての素晴らしさはもちろんですが、実はプロの男性声楽家による本格的な発声による歌声だからです。本格的発声で歌えば、校歌は歌詞・旋律ともに一段と尊厳を持つ立派な校歌になるものです。作品もさることながら正しい発声法が校歌を更に気高くします。
 
P1000907【高崎商業は私の勤務時代に2回出場】
 
 野球から離れても、各学校では始業式・終業式で校歌を歌う式次第です。学校によっては、生徒が余り声を出さない場合があり、これらは一度、プロの声楽家が歌う校歌を聴かせてみることで、改めて母校の校歌の素晴らしさを認識すれば、生徒の歌い方が変わる可能性があります。校歌とは素晴らしさを感じないうちは大きな声で歌えないものです。
 
 いつかは拙いブログに書こうと思っていた高校野球甲子園大会の校歌の素晴らしさです。どの学校の校歌を聴いても、誠に芸術性に優れ、感銘ものです。これは一重に声楽家の力量よるものが多いと思います。私たちはマイクなしで響き渡る正しい発声法を今からでも身につけたいものです。 
 

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2016年11月 4日 (金)

高崎商業高校吹奏楽部第53回定演演奏会・・・・・驚愕の暗譜力

P1010937 【群馬音楽センターへ入る観客】

 創部以来58年経過し、初代の波戸場先生から顧問は8代目となり、酒井会長率いるOBOG会員は800名になり、高商吹奏楽部は良き伝統の上に、脈々と新たな歴史を刻んでることを現役の生徒さんたちの演奏を通じて確認できました。

 この度、文化の日に相応しく、第53回高商吹奏楽部定期演奏会が群馬音楽センターで開かれました。最初の頃、定期演奏会は昼の部と夜の部が同日に二回行われてました。

 私は昭和時代に第15回~第25回まで11年間この定演を指揮する立場にあったことから、高商吹奏楽部には愛着と懐かしさがあり、今回、学校で行われた直前の練習会を一回見学し、そして、生徒さんたちの本番での溌剌とした演奏に期待と胸を膨らませ、ワクワクして音楽センターへ向かいました。驚くことに観客は超満員。私はやっと席に着くことができました。

P1010961 【第3部の世界旅行をイメージしたプログラム】

 本年より赴任された安斉先生がどんな指揮をされるか、指揮法に最も関心のある私は、先生の指揮ぶりを拝見し、一見して本格的に指揮法を勉強された先生であることが分かりました。それは的確な叩きであり、音楽への追求が十分に表現され、演奏する生徒さんにとって見やい指揮法と感じます。

 私の考えでは、教師は平素の音楽指導力が根幹であっても、一たび、指揮台に上がれば、それは「本格的な指揮者でなければならなぬ」ということです。

 プログラム1部は、コンクール課題曲、プッチーニのオペラの一部、そして先輩たちが演奏に加わったアルヴァーマ序曲などでしたが、プログラム構成に関して長い伝統とは異質な感があります。それは本格的なクラシカルの名曲が少ないことです。後ほど、スラブ行進曲とペールギュント組曲が聞えましたが断片的でした。

 最も肝心なことは、流行のみを追わず、二度とない多感な青春時代に「普遍的な音楽美に触れることこそ、芸術教育の極み」です。ですから、一部に大作曲家の作品を1~2曲組み入れることで生徒さんにとって定期演奏会がより充実し、心底から音楽美を追求し終えた実感につながると考えます。

 古典音楽の中にはオーケストラに限らず、吹奏楽でも十分効果的に演奏できる優れた楽曲はいくらでもあります。つまり管楽器が活躍する楽曲を選択することです。定期演奏会では一部、二部、三部の違いを明確にすると、よりメリハリが付くと考えます。

 一方、楽器の音色をより芸術的に高めるポイントは大きく二つあると思います。一つは「静かな場所で一人で自らの音色をよく聴き、遠くにまで魅力的に響く音」です。常に他の人と一緒の演奏のみはなりません。二つは「自分より上手な人やプロの音色を聴いて真似る」ことに尽きると思います。

P1010949 【お顔が明確でないので掲載させていただきました】

 ところで、二部は流石に若者による楽しさの極みです。部員にとってこの楽しさは生涯忘れることはないでしょう。これだけ変化に富んだ動きや衣装、何より迫力。そして会場との一体感、しかも、二部、三部はすべて暗譜という徹底した記憶力に脱帽です。

 練習場所確保の困難さ、限られた練習時間内での暗譜に心より敬服です。この努力と向上心、そして達成感は必ず将来への展望へつながり、社会へ出ても自らに自信が持て、力強く生きられるでしょう。演奏を聴いて、音楽とは人間の悲しみを表現できるもの、何より、これ以上ない楽しさをも表現できることを改めて学びます。

P1010951【三部マーチング】

 10年連続、群馬県代表として西関東へ出場という高商の部活の中でも、現在、ひときわ輝いてるパーフォーマンスは自信に満ち溢れています。それは全員が一ヶ所を見続けると思われる一糸乱れぬ統一感、見えない後方や、縦横に進むさまは考えられないほど難しい幾何学的交差です。

 それに加え、楽器を持つ角度の統一性、なかんずく迫力ある音楽を伴い、ある意味で人間にとって極めて難しいことはマーチングではないかと、改めて高商ブラスの力量を感じます。人間とは自信を持つと凄い力が出るもので、観客の心はステージにくぎ付けとなり驚愕の連続です。

 充実した定期演奏会を持って今回引退する三年生は多分、思い残すことはないでしょう。自らやれることの限界以上に努力しました。事前の準備の労苦は客には分かりません。自らひたすら努力し、客には最も良い部分のみを見せる姿勢は、今後、精神のあり方にいかに役立つか計り知れません。

 一方、年間行事では、社会の高齢化に目を向け、福祉施設への訪問演奏などは特筆すべき行事です。音楽が困ってる人、日々、寂しく暮らしてる人の心に勇気と感動を与えることができるなら、これに勝る素晴らしい文化活動はありません。

 三年生の皆さん、皆さんの演奏で私は一度は指揮してみたかったです。充実した3年間の部活動を心の財産とし、生涯にわたって芸術を愛好する高商の卒業生になってください。 

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2016年6月19日 (日)

新みかぼフィルによる「ロシア音楽」に心酔

1280pxtchaikovsky_museum_klin【チャイコフスキーが晩年に作曲した家】・・ウィキペディアより転記 

 プーチン大統領の今秋、来日決定を祝すかの如く、第27回、新みかぽフィルのプログラムはチャイコフスキーとリムスキーコルサコフによる二大ロシア音楽の演奏会です。

 梅雨の晴れ間の6月18日【土】みかぽみらい館において、私は暫くぶりに優美さとダイナミックな対比、及び、今回、ロシア民族舞曲を彷彿させるタンバリンなど打楽器群の的確にして躍動的なリズムに心躍ることができました。

 「白鳥の湖」開始と同時に響くオーボエの音色は誠に透明性に秀で、観客の心奥に響きます。チャイコフスキーにより、こんな優美な旋律を奏でる機会に恵まれるオーボエ奏者は何と幸せな生き方をしてるのでしょう。

 旋律の崇高さと洗練されたオーボエの音色にすぐにチャイコフスキー世界へ引き込まれました。すぐさま奏される金管群の壮大な対比は「音楽の偉大さ」を身を持って感じることができ、これこそチャイコフスキー音楽の神髄と確信です。

 

P1010279【ステージに映し出されたイラストより】 

 チャイコフスキー音楽が日本人に自然に受け入れられる本質はどこにあるのでしょう。学説によれば、私たち日本人の遠い祖先は北方系と南方系が考えられるとのことです。私たちがロシア音楽に違和感より、なぜか親近感を感じるのは、もしかして、現在の私たちには理解できない遠い遠い祖先から引き継がれてる魂かもしれません。

 「泉のほとり」「仕事の歌」「黒い瞳」「ともしび」「山のロザリア」「母なる川ボルガ」など多くのロシア民謡は、あたかも日本の旋律ではないかと私は子供の頃に感じ「黒い瞳」などは現在でもピアノで弾くことがあります。

P1010282_2 【会場の両サイドにあるバルコニー席】

 私は観客席の比較的前に座りました。それは多くの奏者が音楽に取り組む一瞬一瞬の動きや表情が分かるからです。特に、暫くお会いしてないバイオリン担当Оさんの演奏ぶりが見やすい位置に座り、いつも変らぬ躍動的な生き方に更に豊かな人間性を見出しました。

 ところで、白鳥の湖から「オデットとジークフリート」を表す、とりわけバイオリン・ソロ、チェロ・ソロの麗しい音色に浸れることができ、二重奏には見事な対位法が楽しめました。

 次に続く、「ハンガリーダンス」「スペインの踊り」における「悲壮感溢れる美」は次第に頂点へ向かい、激しさ増す舞曲はいっそう管・弦による壮大にして明るい掛け合いとなり、的確にリズムを刻む打楽器奏者の華麗さこそ、チャイコフスキー音楽に潜む二面性となって充分に楽しさが味わえました。

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 一方、「シェへラザード」は、先ず幾分か東洋的趣きを内包する中近東的響きに圧倒されました。金管低音部を中心とした荘厳にして愛愁味を帯びた雰囲気はこれからアラビアンナイトが開幕する途轍もないメッセージです。

 すぐに始まったバイオリンソロには近年にない驚愕です。正確に決まる音程に基づき、低音域から高音域まであまり残すことなく充分に網羅し、縦横のテクニックは聴く人を不思議な中近東の闇へ誘うには充分過ぎました。誠に卓越した表現力に圧倒されました。

 それに続く、愛愁味漂うバイオリンソロとハープの二重奏は夢のような音楽であって、あたかも音楽を忘れてるような瞬間が続きました。それに続くファゴートのロシア舞曲、オーボエの反復は魅力いっぱいの抜けた音色、それに対する弦低音部とトロンボーンによる対称的旋律の掛け合いに、鑑賞者はより不気味な世界へ惹き込まれました。

 今回、みかぽフィル第27回演奏会の印象は、私には急緩、ディナーミクの幅、対位法的な掛け合い、フルート奏者、チェロ奏者などソリストの個性的音色が印象に残り、私のそばにいる小学生たちも皆よく聴いてました。

P1010037 【フィリスコーン・・・西洋シャクナゲ】

 ところで、常任指揮者のK先生が以前に、群響で演奏された運命の2楽章や4楽章におけるファンファーレの華麗さは今でも私の脳裏に焼き付いてます。この度、みかぽフィル常任指揮者を退任されると伺い、オーケストラ経験豊富な先生に感謝するのは楽員はもとより、民間の音楽芸術の高揚に尽力された見地から、多くの群馬県民ではないでしょうか。

 最後に、「サプライズ」としてエルガーの「威風堂々」メインテーマが奏され、K先生への感謝と今後を祝しましたが、私は楽団員の指揮ぶりに圧倒されたというより、有り余る感謝の気持ちでしょうか。こちらの指揮ぶりこそ誠に「サプライズ」に感じました。

 今宵、ロシアの壮大な楽曲を拝聴しつつ、日本とロシアの70年にわたる懸案事項である北方領土問題を早期に解決し、平和条約を締結し、両国国民の交流が一層密になって、私たちが緑豊かな北方四島へ渡航できる日が来るよう、プーチン氏と安倍氏の時代に歴史の「サプライズ」が生まれることを切に願いました。

 楽員の皆様、大曲の演奏を有難うございました。素晴らしい時間が持て、入場無料とは申し訳なく感じて家路につきました。  

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2015年12月13日 (日)

新みかぼフィル第26回定期演奏会を聴き楽員に勇気をもらう

Mikabo1【景色が最高・西みかぼ山頂1286m・・・高崎前橋がよく見える】

 第26回新みかぽフィル定期演奏会を聴きました。このオーケストラの名称は群馬の西に聳える「みかぼ山」が由来と思われます。東西二つの「みかぼ山」は私たち群馬県人にとって故郷を象徴する山です。若き日より数回、登頂した山頂はかなり広く、いわば西群馬の別天地です。登頂をぜひお勧めします。

 私が高崎商業高校吹奏楽部顧問時代に冬の合宿を万場「みかぼ高原荘」で行ったことから、練習の合間にレクリェーションとして部員全員で西みかぽ山頂に登りました。何と、山頂は前夜に積もったのでしょう。雪原が広がり、この日は快晴で、眼下に群馬の広い景色が手に取るように見えました。

 ここで高商ブラス恒例の雪合戦が始まりました。木管楽器群~金管打楽器群に別れ、50人が山頂で雪合戦とは、なかなか勇壮な光景です。部員たちはこの日がチャンスとばかり、後輩は先輩をめがけ、女子は男子をめがけ、日頃のうっぷんを晴らしているようでした。

Photo_2 【高商ブラスにとって思い出深い西みかぼ山頂・・・ここで雪合戦】

 私は山が好きなことから東みかぽ山も登頂し、1246mの山頂から高崎、前橋、藤岡を見るのが楽しみです。今度は健脚を期して、この山の西に聳えるオドケ山を登る予定です。

607_2【近年勤めてた前高の音楽室より望む東西みかぽ山・・・前高では創立記念式典でシベリウスの「フィンランディア」を演奏】

 ところで、昨日行われた「新みかぼフィル第26回定期演奏会」において、年末のひと時をベートーベンとシベリウスのシンフォニーで充実した時間が持てました。しかし、一つの演奏会で大曲であるシンフォニーを2曲も演奏する指揮者の情熱に驚き、楽員全員の崇高な音楽美へのチャレンジ精神に敬服です。

P1000201  人間とは、これほど緊張感を持続できるものかと認識を新たにし、意志の弱い私には考えられないことです。

 2曲のシンフォニーはそれぞれが4楽章に分かれ、その起承転結にテンポや拍子の異なる場面が内包され続けることから、他の悲壮感が漂わず、比較的明るい組曲などとの組み合わせもプログラムとして観客には楽しいのではないかと感じました。

 一方、時には厳しい現実を直視し、人間の喜怒哀楽をシベリウスの第4楽章まで緊張感を持った演奏は、私たちの平素の生活と打って変わり充実するものです。同時に、平素、仕事を持って、オケの練習に取り組む楽員のエネルギーに驚くばかりです。

 お陰様で暫くぶりに音楽芸術の世界のみに浸ることができ、家に帰ってからの一杯はヴェルディー、ベートーベン、シベリウスの旋律が浮かび、特に女性楽員のお顔や 演奏ぶりが脳に蘇りちょっと飲み過ぎました。

P1070290 実は私は愛車で度々ベートーベンの第8を聴きながら関越道を走ります。先日も「リンゴ狩り」で川場村へ走りました。第8の第1楽章と第4楽章のAllegro vivaceは高速道を走る快適さにスピード感がマッチするのです。

 しかし、今回の演奏で聴く第1楽章はいつもの「1小節1拍振り」のスピード感よりゆっくりで、音楽には指揮者の解釈によりテンポが異なるもの。それぞれ「独自の味がするもの」と感じました。2楽章は個人的に好きな楽章であり、4分の2拍子でも基本は4拍振りで、16分音符で刻まれる快いテンポに乗った旋律は「ベートーベン特有のユーモアを内包する」おどけた感じで愉快でした。

 3楽章では有名なホルンの2重奏が十分楽しめました。低音部には高音部と同じ強さが要求される場面であり、見事に「ホルンの五度」が会場に響き渡りました。ここは雰囲気が「英雄の第三楽章トリオ」に似ており、ホルン奏者にとって演奏し甲斐があります。これはベートーベンの管弦楽法の一つである「のどかさ」あるいは「狩り」を連想させる手法と感じました。

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 本番までシベリウスに相当に力を注いで来られたのでしょうか。作品に取り組まれる指揮者と楽員たちの意気込みが会場にひしひしと伝わり、曲全体を包む込む悲壮感は、これでもかと当時、占領下にあったフィンランド国民の辛く厳しい現実に思えてなりませんでした。

 冒頭、長く続くクラリネットの調べは当時の不安な情勢を予感させ、クラリネットの特徴を充分に醸し出した音色は国民の辛い心境を彷彿させるに余りある表現で感銘しました。

 第1シンフォニーはシベリウスの作品でも有名な交響詩「フィンランディア」とは異なり、憂鬱さ漂う作品を拝聴しつつ、日本の安全は果たして、子々孫々まで永遠に続くものか昨今の世界情勢の変貌を鑑みると、このシンフォニーの意味する世界になるのではないかと瞬時に思いがかすめました。

 ところで、今回も第1バイオリン担当Оさんにより演奏会を知りました。彼女は先日の県民マラソンでフルマラソンを完走され、しかも、最後100人抜きをして好成績を収められました。本来、ピアニストであるのにお人柄といいオールマイティーな生き方はどこから来るのでしょうか、不思議でなりません。

 今回の演奏会では曲目と演奏に対し、指揮者と楽員皆さんのチャレンジ精神とご努力に脱帽です。これからも「新みかぽフィル」の存在は群馬県民にとって意義深く、県民の芸術性を高揚していく大切な存在と確信しました。

 私も心に鞭打って年末年始は「テンペスト」第1楽章に挑戦です。一人暮らしの精神の弱さに打ち勝てるでしょうか。新みかぼフィル楽員の皆さんを手本としなくてはなりません。

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2015年4月24日 (金)

庭で見つかった打製石器・・・石器時代のものか

P1060517【周囲がすべて刃で尖ってる】

 春爛漫でシャクナゲなど咲き乱れる庭の手入れを毎日しています。手入れの中心は「藪枯らし」「どくだみ」「一般の草」を三角ホウで深めにほじくり、可能な限り根こそぎにしています。このため 庭の殆どの土を掘り返してます。

 土の中の石も出てくることから片づけたり、木の根っこも切って片づけたりしてます。このためか、庭は例年より見た目にきれいになってます。

 昨日、掘り起した土の表面に普通の石の形状とは異なる直径10㎝ほどの石を見つけました。これは何だろうと捨てないで良く見ると「握りやすく、石の周囲がすべて細く尖っており」、咄嗟にこれは石器ではないかと確信しました。しかし、まさかこんな所に正真正銘の石器が出るのかと驚きました。

 持ってみると親指を入れる場所や、反対側には人差し指や中指を入れるところがあり、しっかり持ち易い石に気づきました。早速、水洗いすると打製石器=flaked stone tool特有の叩いた痕と推測される線がいくつも浮かび上がり、これは只ものではないと自信を深めました。

P1060520 【裏側・・・親指がすっぽり入る形の部分】

 実は私の倉賀野中学時代の友人に考古学=archaeologyを専門とするY氏がいます。彼は昨年度も倉賀野公民館において倉賀野の歴史について「町民向け歴史講話」をされ、私も受講しました。

 今朝、私は彼を思い出し、早速お宅を訪ね、この石を鑑別してもらいました。すると彼は見るや否や、これは石器に間違いなく、打製石器と言われました。

 また、彼曰く、「形状から石槍や弓矢の先でなく、手で持って捕獲した動物の皮を剥いたり、解体したり、あるいは現代の包丁代わりに果物の皮を剥いたり、野菜を切ったりしたものではないか。」とのことでした。

P1060518 【かなり鋭利で当たれば怪我します。】

 また、Y氏は「この石は周囲がすべて尖っており、当時の人の中には石器を作るプロがいて精巧に作り、他の人々に分け与え、これで捕らえた動物の肉などをおそらく物々交換により、貰っていたと考えられる」とのことです。

 私の家の庭は、元々一段高い土地で乾いた畑であり、その周囲は田であったと亡父から聞きました。土地購入前に不動産屋がブルドーザーで周囲の高さとほぼ同じにしてしまい残念であったと子供の私にこぼしてました。

 このことから私の家の場所は倉賀野特有のたくさんあった古墳の一つの跡だった可能性もあり、また、50年ほど前、父が盛り土を依頼した可能性もなくはありません。あるいはその土の中に紛れ込んでいたことも有りうることです。

 ところで、打製石器についてインターネットで調べると今回、私が発見したものに酷似してる物がかなりあり、打製石器に間違いないでしょう。

 大切なことは、これが使われていた時代です。友人Y氏は次のように推測されました。

 おそらく、縄文時代の始まりの頃から、もっと昔の新石器時代=the neolithic eraの終わり頃ではないかと推測できるとのことで、それは今から数千年前と言うことになります。遠い昔の日本人祖先が使った打製石器が庭から出たことは意義深く、遠い昔の人々の生活に思いを巡らし、これを目で見る歴史として「家宝」にすることにしました。

 いずれにしても、打製石器は大変に古く、磨製石器の前の時代と考えられます。

P1060525 【打製石器は右側の土の中から出土】

 なお、この打製石器の年代については、Y氏の薦めもあり、埋蔵文化関係機関に鑑定を依頼する予定です。もしかして旧石器時代=the paleolithic eraの可能性も捨てきれないでしょう。

 これからも毎日、土と関わる生活に勤しみ、与えられた生命の喜びを思う存分、享受したいと思います。

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2015年1月12日 (月)

「叶えたい夢もあった」に感泣・・・新みかぽフィル

P1060082 【お顔があまり明確でないので写真掲載させていただきました。】

 室外は厳寒であっても、今年で第6回目となる群馬県・新みかぼフィルによる「昼のミニコンサート」が高崎市浜川トレーニングセンター1階ロビーで開催されました。楽員20名程のいわば大きなアンサンブルです。指揮者を交え、弦から管まで毎年恒例になった1時間の楽しいコンサートです。

 ロビーは音楽専門会場でないことから、音の反響の点で楽員たちには演奏しにくい面があっても、一般市民の音楽愛好家ためにこのような音楽会を企画されたことは意義深いと思います。

 これは高崎市浜川プール職員の方々、及びこのジムでトレーニングされてる第1バイオリン担当Оさんのご熱意によるものと推測します。

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 1時間のプログラムの中で本格的な楽曲はマスカーニ作曲「カバレルヤルスチカーナ」及びパッヘルベル作曲の「カノン」のみであったことから、あと1曲ほど小編成で可能なクラシック曲があればと感じました。

 楽器紹介では、特にチェロの正確な音程、そして伸びやかな音色と演奏中の柔軟な表情に感銘を受けました。

P1040639 【倉賀野から眺めた東みかぼ、西みかぽの山々】

 パッヘルベルのカノンではチェロとコントラバス、ファゴットはおそらく同じパッセージを何十回と繰り返したのでしょう。それであっても、特に女性コントラバス奏者は一音一音を大切にされ、楽譜は同じであっても次第にじわじわ変化する表現法、そして全曲を通じて息が抜けず、ますます盛り上がる気迫が観客席にひしひしと伝わってきました。

 いつも感じることですが、彼女のコントラバス演奏法には指揮者との一体感が漂います。コントラバスが受持つ正確なテンポ感の絶対性、そしてハーモニーの最低音部の重要性を全うしておられます。それにしても快く響きわたります。

P1060081 最後に観客の歌声と合同演奏した東北震災復興支援曲「花は咲く」 は、皆さん、感動しながら歌っていました。やはり、早い復興を希望する気持ちと、この歌には亡くなられた方々の無念な思いが内包されており、胸に迫るものがあるのでしょう。

 この歌詞の中で私が最も涙する個所は「叶えたい夢もあった」「変わりたい自分もいた」「今はただ愛おしいあの人を思い出す」という部分です。突如、命を奪われ、どんなにか無念であったろうか。この歌には犠牲となられた方々のお気持が本当によく表されていると思います。また、メロディーは非常に優れていると感じます。

http://www.youtube.com/watch?v=8djx8g8m54M 

 昨年秋、楽員のOさんに偶然にも「花は咲く」と「ソルベイグの歌」のソプラノサックスによる拙い演奏をここ浜川トレーニングセンターで聴いていただきましたが、今回、彼女が「花は咲く」をバイオリン独奏されたことが、私にはとっても嬉しく感じられました。

 新みかぽフィル楽員の皆さま、楽しい演奏会を有難うございました。

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2014年6月15日 (日)

新みかぼフィルの「第九」に感銘

P1050341  【群馬の名峰・東御荷鉾山1246m・西御荷鉾山1286m】

 第九は12月に聴くものと勘違いしそうな現在の日本の風潮の中で、それとは対照的な季節である6月14日、私は久々にベートーヴェンの名作に心が躍りました。青春時代にシラーの頌歌「歓喜」に出合い、この詩に生涯をかけて作曲したベートーヴェンの圧倒的な精神美に、日々一人暮らしであることを忘れさせる充実した時間が持てました。

 新みかぼフィルの存在は以前から新聞などで知ってましたが、今回、藤岡市みかぼみらい館に於ける「「コリオラン序曲」と「第九交響曲・合唱付き」を生で拝聴し、平素忘れかけていたシンフォニックな響きに高揚する精神が蘇りました。

P1050334 【藤岡市の文化の殿堂みかぼみらい館】

 今回、友人で楽団員のOさんより新みかぼフィルの「第九演奏会」があることを伝えられ、初めて耳にする新みかぽフィルの響きを楽しみにこの日を迎えました。日々、彼女の集中力と多面にわたり挑戦する姿に脱帽してる私です。難曲に挑む彼女の気迫は自ずと日に日に脈々と伝わってきてました。それにしても、彼女のあの超人的なチャレンジ精神と笑顔はどこから来るのでしょう。

 ところで、日本で最初に「第九」が演奏されたのは徳島県でドイツ兵捕虜によるものと伝えられてます。ドイツでは昔から大晦日に「第九」を演奏する慣習があったといわれ、遠い日本にあって故郷の家族や、ドイツの名歌を歌い祖国を懐かしんだのでしょう。

 今回、第一バイオリンの彼女が四国出身であることは、彼女自身「第九」の演奏に何らかの縁を感じていたのではないでしょうか。

 ドイツ人は民族が誇る文豪シラーと大作曲家ベートーヴェンによる「歓喜」の音楽が国民の誇りとして定着してるのでしょう。いわゆるベルリンの壁により東西に分断された民族の悲劇的な状態でのオリンピックでは「東西統一チーム」として参加し、国歌に代わるものとして表彰台で流れた音楽は「第九」の主旋律でした。これは私たちの記憶に深く残るものです。

 Dscf0044 【ベート―ヴェン自身の指揮により第九が初演されたケルントナートア劇場】

 ところで、「歓喜に寄す」の作詞家シラーの生涯は1759~1805であり、第九のベートーヴェンによる初演は1824年であることから、シラーは自身の詩がベート―ヴェンによって作曲されたことを知らない可能性があり、しかも初演の19年前にこの世を去っていたことから、「第九交響曲」に使われた自身の作品を聴いていないことになります。こんな事実にも「人生の短さと芸術の永遠性」を感じてやみません。

 シラーの死後200年経過し、ベートーヴェンの死後187年が経過した21世紀の日本で第九が年間150回も盛大に演奏されてるとは、当時の彼らに全く予想できなかったことでしょう。

P1050337 【みかぼみらい館内の2階側面の観客席】

 ところで、新みかぼフィルは70名を誇るアマチュア・オーケストラとのことですが、この存在は21世紀の音楽活動のあり方として誠に理想的な姿を呈示しています。

 というのは昨今、群馬県の高校では弦楽部やオーケストラ部の活動が顕著であり、本格的なクラシック作品に挑む桐生女子高校や中央中等教育学校の演奏には目を見張るものがあります。これら優秀な生徒さんの将来の受け皿や活動の場として、新みかぼフィルの価値は今後ますます期待される存在と思われます。

 ところで、今回の「第九」を私は指揮者の比較的近くで拝聴拝見しましたが、それは第九の指揮について、各楽章の難しい出たしなど身近に指揮法の技術や音楽造りに接したかったからです。

 比較的ご高齢にもかかわらず、1時間15分の大曲の指揮ぶりに大変な感動を覚えたのは私だけではないでしょう。躍動性と静寂さ漂う両面を網羅する柔軟な表現に私は心底から指揮の醍醐味を感じました。

 演奏の根幹は第四楽章・歓喜のテーマに入る前の今までの人生や考えを否定するかのごとく表現される壮大なレシタチーヴでした。一楽章、二楽章、三楽章のテーマが管楽器やバイオリンで断片的に奏され、それに応対するかの如く、尽かさず唸りを上げるチェロ・コントラバスによる地底からの重厚みを帯びた響きに思わず惹き込まれました。その中にあって、女性コントラバス奏者の指揮者を見続ける迫力に、一刻一刻を芸術に生きる真剣な人間を垣間見ました。レシタチーヴは音楽と言うより、ベート―ヴェンの魂そのもので、これでもかと会場に伝わりました。

 また、独唱者で韓国出身のバリトン李氏による「人類の真の幸せを求める心の叫び」が観客に伝わり、両国間には竹島問題があっても、人類には国境がないと訴えてるように感じ、深く胸を打たれました。All Menschen werden Bruder (すべての人は兄弟になる)を現在の近隣諸国と実現したいものです。 

 今回、梅雨の晴れ間に、新みかぼフィル楽員と合唱団員を合わせ120名以上の壮大な音楽芸術に深く感銘しました。演奏の感激と相反して、入場料を徴収しないことに不自然さを感じ帰路につきました。  

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2013年8月19日 (月)

書道芸術に深く感銘・・・第16回・妍墨会展

P1040159  かつて「カルカッタ日本人学校」勤務時代の同僚の奥方より、日々の書作活動を発表する「妍墨会展」のご案内を頂き、この度、暫くぶりにゆっくり書を観賞する機会に恵まれました。

 真夏であっても空調の効いた展示ホール内で、書を通して古来より続く「日本の美」に浸る充実したひと時です。

 会場の前橋市民文化会館は私にとっても、前高勤務時代に大ホールにおける優曇華(うどんげ)音楽会で指揮を数回とったことがある懐かしい文化の殿堂です。

P1040173 Click please!

 芸術の喜びは音楽や美術で見出していても、書には疎い私です。しかし、心から惹かれたのがこの屏風に書かれた「秋の七草」という作品です。

 下界は猛暑であっても、すでに立秋が過ぎ、自然は秋に向かってます。この開催時期に合わせた「秋の七草」を観賞し、書とは生き物であり、季節感を先取りしてると直感しました。

 奥方の作品は展示場中央の位置に四点まとめて展示されており、心ゆくまで味わうことができました。生涯を書に貫く彼女の真髄に触れた思いです。

P1040170  妍墨会展の出品者24名は大東文化大で書を学んだ同窓生で教員免許を取得され、書道教育の向上に力を注いでおられる方々ばかりで、作品はどれも深遠で心を打つ力作が並んでいます。

 現在の私の心境に相通ずる内容の書が目に留まりました。

P1040169 現在は孤独でつらい日々であっても、この書が教える「念ずれば花ひらく」を肝に銘じ、書の力強さの如く一歩一歩、夢に向かって生きたいと勇気をもらいました。出品された方々にお礼申し上げます。 

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2013年6月24日 (月)

倉賀野小学校・校歌は極めて秀でたメロディー

P1030918 【群馬県高崎市立倉賀野小学校】

 半世紀ほど前に倉賀野小学校を卒業し、現在も倉賀野町に住んでいることから私はボランティア―活動に取り組み、倉小児童の登下校の安全を期して、時々1時間ほどグループで通学路を巡回してます。

 また、年に数回行われる集団下校にも参加してます。これは全校児童が地区別に幾つかの集団に分かれ、列を組んで一緒に帰宅する訓練です。

 この集団訓練をしておけば、いざというとき効率良く慌てず、無事に帰宅できることにつながります。一方、私たちはこれらの機会を通して、子供たちと触れ合うチャンスに恵まれてます。

 しかし、この集団下校の光景を目のあたりにすると、本当に少子化なのだろうかと思うほど、たくさんの子供たちの数に驚かされても、国全体では減少しつつあるのでしょう。

 P1030922  ところで、歴史をひも解くと、現在の倉小校歌は中村孝也作詞、井上武士作曲によるもので昭和9年に制定され、その後、歌詞のみ現代用語に改められたものが現在、歌われてます。

 一方、私が倉小のときは、どういう訳かこの校歌を一度も教わりませんでした。おそらく当時の歌詞が原詩であったことから、子供たちに難解だったのではないかと考えられます。その代わりに、何かの式典の折、校歌として歌った思い出の歌があります。

 それは「赤城の山に春霞」の歌詞で始まる歌で今でも覚えてます。おそらく明治・大正時代に倉小校歌として歌われた昔の校歌ではないかと推測します。

P1030930  写真は体育館が完成した頃の音楽教育の表れでしょうか。体育館の外壁の周囲には校歌の音符が一周して掲げられ、大変に珍しい光景です。一般的には校歌の歌詞が掲げられることはあっても、楽譜をこのように体育館の外壁にめぐらす学校は稀で希少価値があります。このアイディアは画期的で倉小教育に芸術的な崇高さが窺えます。

 へ長調4分の4は子供たちの声域に適し、旋律は「チューリップ」「うみ」を作曲した群馬が誇る作曲家・井上武士であることから倉小のために気持ちを込めて素晴らしいメロディーを創作したことが感じ取れます。私はすべての小学校の校歌を存じてませんが、倉小の校歌のメロディーは多くの小学校の中で抜きん出てるでしょう。それは芸術性に非常に富んだ旋律だからです。

 その原因の一つに「ドレミファソラシド」をすべてを使わない日本的音階で出来ていることが考えられます。具体的には音階の「シ」の音=実音Eの音が省かれてます。これが私たち日本人に歌いやすい理由の一つと思われます。

P1030931 ところで、私は一人暮らしであることから家には倉小の子供はいませんが、倉賀野で生まれ、倉小を卒業し、倉賀野で育ったことから暫くは後輩の登下校の交通安全に、地域の一員としてしっかり巡回し、子供たちの逞しい成長を期して、これからもパトロールを頑張ります。 

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2013年6月13日 (木)

名曲喫茶「あすなろ」の復活に感銘!

P1030846_3  クラシックファンの減少や中心市街地の衰退に伴う厳しい経営により、昭和57年、惜しまれつつに閉店を余儀なくされた高崎市の名曲喫茶「あすなろ」が、この度31年ぶりに復活と聞いて、早速、開店3日目の本日行ってみました。

 学生時代に音楽センターで行なわれた演奏会の帰路に、幾度か立ち寄った記憶があり、当時もクラシックの流れる喫茶店は殆どなく、格調高い雰囲気が脳裏に刻まれたままでしたが、この度「あすなろ」が蘇り誠に嬉しく思う一人です。

 復活といっても、年数が経過したので果たして内部はどうかと気になりました。しかし、全体的な雰囲気はハード面もソフト面も昔の精神が継承され、インテリアは全体的に落ち着いてます。

 店内に入るや聴こえてきたベートーベンの第7シンフォニーに安堵です。店の近くにはシンフォニーロードも走り、音楽の街・高崎市が名実ともに市民のものになりつつあるように感じます。「あすなろ」の建物は市が改修したとのことです。

Dscf0085  現在でもクラシック音楽が聴けるカフェは見当たらず、待ちに待っていた感じです。砂時計と共に運ばれた紅茶を飲みながら一人静かに味わいつつ時を過ごしていると、女性店長Yさんが私のテーブルに来られ、暫し話ができました。

 店長さんが生まれる以前に、昔の「あすなろ」は閉店していることから、その全体イメージの把握は想像に頼るのでしょう。また、往年の客に話を聞くなど「あすなろ」本来の姿を真剣に模索されてるようでした。

P1030844  このcafe「あすなろ」は地元・高崎経済大学学生らでつくるNPO=non-profit organizationが運営し、約40名の学生さんが曜日と時間を決めてバトンタッチして仕事に携わるとのことです。店長さんもOGで、すでに社会人として接客業など経験され、経営は間もなく軌道に乗ることと思われます。

 私がこの女性店長さんに感銘を受けたのは、初対面にもかかわらず、気さくに今後の方針や苦心談を話されました。

 それは往年の文化の拠点復活といっても、現代は客のニーズが異なり、シャンソン、ジャズ、ニューミュージックも流してほしいという客もいるとのことで、その塩梅をどうするかとのことです。また、流す音量の好みもまちまちとのことで、理想と現実の狭間のようであっても、この店長さんなら、必ずや最善の方向性を見いだせるものと感じました。それは豊かな接客経験と、とりわけ明るいお人柄が伝わって来たからです。

P1030843  しかし、やはりここが文化の拠点・名曲喫茶復活の難しいところ。

 これは31年以上前の「あすなろ」も同様だった筈で、今回も、クラシック人口の減少や、厳しい経営から少しでも脱皮するには、客のニーズの音楽ジャンルを時間別に設定たり、あるいは曜日によって応えるなど、クラシック以外を効果的に流す糸口が見つかるのではないでしょうか。客は次第にそれを知って行くようになるでしょう。

 往年の「あすなろ」の最大の特徴はクラシック専門の喫茶店であり、復活後も【同じ時間帯にクラシックと大衆音楽をチャンポンに流さないことが基本】で、例えば、金曜・土曜の夕刻からはクラシック以外も流したら若い人にとっても、クラシックファン以外の方のニーズにも合致するでしょう。

 店長さんのこの点に対するお悩みはいつの時代にも存在し、時代を超越するものです。昔の作曲家たちも、夜は酒場で大衆受けする音楽をピアノで弾いたりして、経済のためには望まないことも渋々取り入れ、家計をやり繰りしたようです。もしかして、現代の音楽家にも似たことはあるかもしれません。

P1030839

 「あすなろ」店内にはインターネットが設置してあり、これはとてもいいアイディアです。また、時折、講演や生演奏の催しもあり、「あすなろ」復活にとてもワクワクする一人です。前途を心より祝します。  

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