カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の44件の記事

2008年8月22日 (金)

くじで選ばれる裁判員制度

 私は裁判員制度について、すべてを理解できてませんので、12月に「呼び出し状」が来るかどうか、不安というのが本音です。

 司法制度の民主化として法制化され、来年5月21日から実施される予定です。

 このため、今年の12月までに有権者の中から、来年行なわれる裁判のために全国で約30万人が選ばれ、選ぶのは市町村の選挙管理委員会のようで、それは何と「くじ引き」で選ぶらしいです。当たった人には「呼び出し状」が届き、原則的に裁判員を辞退できないといわれます。辞退すると罰則があるといわれます。

 毎年12月までに翌年の裁判員が選ばれるので、人によっては生涯で複数回、選ばれる可能性もあるでしょう。

 裁判員制度についての国民の反応には、いくつかの統計があるようですが、私の推測では、多くは消極的のようで、それは裁判員になりたくないということでしょう。参加したい人より参加したくない人が多いと思われます。

 裁判員になると参加日数は3~5日のようで、平素の勤務を休まなくてはならず、本人はもちろん事業主まで、かなりの負担になるでしょう。

 任務については、地方裁判所で裁判官と一緒に刑事裁判の法廷に立会い、有罪か、無罪か、量刑に関与し、判決の宣告により終了のようです。

 その前に行なわれる評議については厳しい「守秘義務」が課せられます。評議内容について家族や友人に話すと罰則規定が適用されるようです。しかし、将来にわたって評議内容について「守秘義務」を守り通せるでしょうか。性格として、秘密を持って生きることが心の負担になる人もいるでしょう。

 裁判員になると、氏名は公表されなくても、裁判員同士はお互いに分かります。 以下は裁判員制度で私が危惧する点です。

【法廷内で被告人とその事件関係者、また、入廷した傍聴者に顔を覚えられてしまう可能性があります。】

【地方裁判所で判決に立ち会うため、被告人やその事件関係者が近所の人であったり、知人、同級生、同窓生、あるいはその家族、遠い親戚の場合も起こります。】

【判決いかんでは、被告人や事件関係者から将来、危害が加わえられる可能性】が考えられなくはありません。

【特に、不当判決といわれることが起こると、任務が終わった後も、ずっと心理的負担が続き、身辺まで不安となる。】

  被疑者の取調べが密室で行なわれてる現在、裁判ですから、ごく稀に冤罪になることもありうるでしょう。

 群馬県でも前橋地方裁判所が裁判員候補者割り当て数を公表しました。管内全体で6000人が必要とされ、高崎市が1012人、前橋市が949人と各市町村にそれぞれ割り当て数が決まりました。

 これから毎年、裁判所から「呼び出し状」が来るか、来ないか、晩秋から初冬にかけて憂鬱になりますね。 

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2008年6月29日 (日)

お見合いパーティーに参加

 本日、3時から前橋の結婚式場で行なわれた「お見合いパーティー」に思い切り参加してきました。生まれて初めての体験です。あいにくの雨のため、参加予定であった数名の女性は次回に参加を変更し欠席され、男性20名、女性8名という人数的にアンバランスのパーティーでした。

 パーティーのタイトルは「ミドルエイジ」を対象としたもので、年齢的に多くは男女とも40代後半から50代後半の方が多かったように見受けました。一見したところ、参加者の中で私は最も不利で、年齢が一番上であったと思われます。

 全員の男性が全員の女性と1対1で話すチャンスが設けられ、あらかじめ書いておいた略式履歴書をお互いに見せ合い、それを基に3分ほど「ご対面」で話をします。時間が来ると合図があり、隣の人に交代して行きますから、ちょっと話込むとすぐ交代になってしまいます。

 約1時間ほどで1対1の時間が終わると、今度は気に入った人同士で適当に話す時間が設けられ、私はどうしようかとすぐには女性のそばに行かないで、少し離れた場所から全体の様子を見ながら、気に入った1人の女性を眺めていました。

 それでも折角の時間なので、明るく印象的なその女性のところに行ってみました。身長165センチで女性では最も若く39才です。彼女のそばには他の男性も2人ほどいて、あまり話しができませんでした。

 スポーツジムに通い身体を動かすことが得意で、音楽と美術も好きとのこと。また、山登りが好きで、これらの点は共通すると思いました。

 パーティーの最後は配布された用紙に、お互い良かった人の番号に丸をつけ司会者に提出するのです。5人まで丸をつけていいのですが、私は彼女だけに丸をつけました。

 いよいよ固唾を飲んでカップル誕生の結果発表です。初めに司会者から「本日はめでたく3組のカップルが成立です。」と発表がありました。

 番号が読み上げられ、何と、私の番号と彼女の番号がカップル成立として発表され、それほど話をしたわけではないので嬉しいのか、よく分かりませんが、驚きました。

 何せ、全員の中で最も若い女性と最も年齢が上の私がカップル成立となり、他の方に申し訳ない気持ちになりました。年齢差は何と芸能人並み。

 パーティーが終わってから「どこかで話しましょう。」ということになり、夜景の見えるレストランに移動、二人で食事しました。私は車で行ったのでアルコールはご法度ですが、彼女は「ワインを飲んでもいいですか。」というのです。私は「どうぞ」と言いましたが、初めて会う方にしてはずいぶんお飲みになるなと思いました。スポーツが好きなだけあって健康そうに見えました。しかし、これからのことは未知数です。

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2008年3月21日 (金)

海外に依存してる日本の食料

 写真の美しい花とは裏腹に、今日のテーマは食料確保の大切さについて考えてみます。

 約1億2千700万人いる日本人に必要な食料の60パーセント以上を外国から輸入している現実を考えると、輸入調達ルートの確保こそは私たち日本人の生命維持に欠くべからざる重要なことでしょう。

 子々孫々のためには食料自給率を増やす農業改革を進めていかなくては、取り返しのつかない食料不足の時代が来る可能性があり、同時に益々、善隣関係確立ほど大切なことはないでしょう。

 外国からの穀物価格の上昇は近年うなぎのぼりであることが、毎月、レース鳩の餌を購入してるとよく分かります。それは近年バイオ燃料にトウモロコシが使われ始めたり、温暖化の影響でしょうか、特に南半球の国々が干ばつや天候不順に見舞われ、今後も益々値上げの方向が強いと思われます。レース鳩を飼育するにも特にトウモロコシの価格高騰で羽数は増やせなくなりました。

 最近、食品に於いて中国産を敬遠する傾向があっても、早めに両国は信頼を回復し、わが国にとって何よりも貴重な輸入ルート確保を閉ざしてはなりません。何が何でも食料の輸入ルート確保を維持していかなくてはならないのです。

 昨年は国内でも食品の偽装が頻発し、安全安心が崩れかけました。これからの時代において、私たち国民一人ひとりや企業でも、改善できることはあるように思います。

 現在、世界の飢餓人口は数億とも言われることを常に忘れず、私たちは結婚式をはじめとして宴会などで、結果的に大量の食べ残しを目にすることがあります。企業も個人も過剰な料理のもてなしは慎むべき時代にしなくてはなりません。

 多少の食料自給率を増やしても国民全体の食料安定供給はできないので、メタボリックシンドロームの原因でもある飽食を慎み、食生活を改善したり、特に外国との永久的友好関係の維持こそは子々孫々の生命線であると思います。

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2007年12月31日 (月)

大晦日に燃えてる心の灯

 写真は平成19年、大晦日の今日、南西方向に沈んだ太陽です。いろいろあった1年ですが、一人暮らしの私の心境もたくさんのことがありました。

 今の私は心から探し求めています。

 それは心の通じ合うパートナーです。

 ブログを通じて文章を書くことを覚えました。これからはこれによって培った力を生きるエネルギーに切り換えていきます。

 今まで、毎日書きましたが、本日の大晦日を節目に、これからは1日おきになります。日々、感じたことや、考えたことを文章にできるよう取り組みます。

 ベートーベンの第7シンフォニー第2楽章の味わい深い創作に匹敵する程の文章が書けることを目標に、より磨きをかけたいものです。

 今年1年、ブログをご覧頂き本当に有難うございました。カッキー

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2007年12月30日 (日)

108の煩悩と除夜の鐘

 いよいよ平成19年の大晦日を迎えます。今年の世相を漢字で表わすと「偽」ということだそうですが、新しい年は社会からこのようなことはなくしたいものです。

 生きてると次から次へと人を悩ますことが、毎日のように内外から起こります。しかし、無意識のうちに自分の心に起因してることもあるかもしれません。

 20代の時、インドのガンジス川中流域に位置する「ブダガヤ」の町を訪れました。ここ「ブダガヤ」は釈迦が仏教の悟りを開いた所と伝えられ、ブダガヤのブダとは仏陀に由来するのでしょう。ここにはチベットからの仏教徒が多く訪れ、寺院の周りを右回りで幾度となく歩いたり、正面では日本人から見ると考えられないような正に全身全霊による拝み方をしています。

 それは、ひざまずき、そして全身で地面を這う、うつ伏せの格好で手足を最長に伸ばし、また起立しては合掌し、再び、地面に伏し手足を思い切り伸ばし、起立し念仏を唱えます。これを繰り返すと現実には衣服の前面がすれ切れてしまうので、体の下に戸車のついた板を敷き、それに体を委ねてこの一連の行動を幾度となく繰り返すのです。どれほどの回数であったかは数えませんでしたが、今思うに108回ではなかったかと想像してます。

 当時、仏教について何の勉強もしてなかった私は今思うにずいぶん価値あるところを旅してきたように思います。

 近くを流れるガンジス川では多くの老若男女が一見無我の心境で念仏を唱えながら衣服を纏ったまま水浴してます。インド各地から訪れているようです。こちらはヒンズー教です。

 ところで、日本では大晦日の深夜から元日にかけてと、人間が内面に持つといわれる108の煩悩を打ち払うためといわれ除夜の鐘を鳴らします。私も菩提寺で撞きます。住職でないので確かなことは承知しませんが、煩悩とは、私たちの心の奥に潜む心身を悩ますあらゆる欲望といわれます。

 しかし、この108という数字の由来がよく認識できませんでした。一方、日常よく使われる言葉に、汗水流し苦しんで頑張る姿を「四苦八苦」するといいます。これは仏教用語と思われ、数字に置き換えると「49・89」となります。掛け算にすると4×9=36及び8×9=72です。この36と72をプラスすると108になりますが、もしかして、これは無関係ではないかもしれません。

 四苦八苦とは本来、生きてる間は生まれ出ることに始まり、死ぬまで次から次へと苦しみがあり、それは愛する人との別れをはじめ、反対に嫌いな人とも会わなければならないこと、自らの欲求に自制がなくなることなど、4つのほかにまた4つの苦しみがあることを言うらしいです。

 最近は過疎化のため「除夜の鐘」を打つ人がいなくなり、電気によるオートマチックの除夜の鐘が増えてるそうですが、やはり、この一年を振り返り、心と体で思いを込め叩きたいものです。

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2007年12月28日 (金)

人の幸せとは

 タイトルはあまりにも永遠のテーマ過ぎてブログで書ける類ではありません。それであっても、私たちはより良い生き方として理想を追求し、あるいはそれに一歩でも近づこうと日々考えてるのです。

 益々、本格的な高齢化時代に差し掛かってる現代、万人が最も希求してることは「幸せ」ということ以外にないでしょう。

 本日のニュースが伝えるところによれば、パキスタンのリーダー「ブット女史」が暗殺されるという大悲劇が伝えられてます。

 The pen is mightier than the sword.【言論は武力に勝る】どんなことがあっても反対意見を持つ人を武器で倒すことはあってはなりません。言論は言論によってのみ戦うべきです。彼女はどんな思いで亡くなったことしょう。これ以上の悲劇はありません。パキスタンは20代に滞在していたインドの隣国なので人ごととも思えないです。人と人はいつまで傷つけ合うのでしょう。

 ところで、現実に日本社会全般も少子高齢化が一段と進み、誰もが平等に1年1年、年を重ねていき、次第に身体の自由が利かなくなってきます。いくらそうなっても、私たちはいつまでも人間らしい幸せを追い求めています。

 その基盤にあるのは「夫婦が湧きいずる泉のような会話で、助け合っていくことこそ最大の幸せ」ではないでしょうか。それには、2人でいつまでも健康でいたいものです。

 3年前、妻を亡くした私にとって、このことは毎日、身に染みてます。一人残され、一人暮らしを余儀なくされ、3食とも一人での食事、話したいときに自然に話せる相手がいないのです。

 「人が最も人らしく感ずるのは楽しい話ができることである」と思ってます。妻は3年前の今日亡くなりました。【合掌】

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2007年12月21日 (金)

ドボルザークのように新世界へ行きたい

 新世界と言っても「あの世」ではありません。そうそう、以前に葬式の香典袋の左上に筆で「新生活」と書くべきところ、「新世界」と書いてしまいました。あれっと、玄関を出る前に気づきました。

 丁度その頃、新世界のシンフォニーを良く聴いていたのです。そのことが頭にあったのでしょう。いとも自然に「新世界」と書いてしまったのです。でも良く考えたら「あの世は新世界かな」とも思いました。いくらなんでも悲しい受付付近で、笑いが起こったら雰囲気を壊すと思い書き直したのです。

 私は脱皮したいことがいくつかあります。写真のように、すごく揺れる橋で下を見ると千尋の谷であっても、一歩一歩進めば目的地に近づくことは分かってます。しかし、人生の橋は予想より長く、思いがけない危険もあるでしょう。果たして向こうに渡りつき脱皮できるでしょうか。   

 そうだ、橋が渡れなければヘリコプターで空から行く方法もありえます。鳩レースでの長距離帰還や英語の語彙そしてピアノなど、今までより明日こそと目標を持って頑張っても、どれもstep by stepで茨の道です。それでも、橋の遥か向こうには女神が微笑んでる気はするのです。気を遣わないで頭を使うべきかもしれません。脳はそうは動きません。

 度々、登場するケイマンへの夢はあっても先立つ物の抵抗があります。暫らくは放鳩車アクティーバンです。近未来、ケイマンで国内旅行したい気持ちがあります。実現あるのでしょうか。

 来年こそは橋を渡り、新世界へ行きたいです。レース鳩や語彙そしてピアノで一皮も二皮も向けてみたい。それには今の家庭境遇から脱皮し、温かい家庭が基本と思います。

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2007年11月17日 (土)

鳩舎から滑り落ちた後遺症

 日頃、鳩友としてお世話になってる佐久の浅間山さんの掲示板を拝見し、その内容に似た私の苦い経験を振り返っています。

 長野県では今朝は気温が下がり、鳩舎の階段が凍りついたり霜で滑りやすくなるとのことです。一般的に鳩舎はどうしても高いところにあるので階段の昇り降りを避けるわけにはいかず、気をつけなくてはなりません。

 写真は現在の私の鳩舎です。今から30年程前の鳩舎は手作りでした。階段はしっかりしたものがいいと思い業者に鉄製で作ってもらいました。毎日の管理で昇ったり降りたりしていました。ある日のこと、濡れていたのでしょうか、下から4段目くらいの位置から2段目くらいまで滑ってしまい、尻餅をつく形になりました。大して痛いところも感じなく立ちましたが、下を見たら階段に血痕があるのです。あれ、どこから出たのだろうと思っても傷の場所がすぐには分からなかったのです。

 よく見ましたら右手の手のひらの真ん中が長さ1cm深さ5mmくらいに切れてるのです。階段の溶接箇所にとっさに手をついたからです。この傷では自分で治せないと思い、町内の外科医に行き事情を話しました。医師は消毒し治療として縫い合わせました。手のひらを縫うのですから本当に痛かったです。

 そして年月は過ぎました。しかし、毎年季節の移り変わりになると直った筈の箇所が痛痒い感じでゴリゴリしてました。10年ほど前、かかり付けの内科医にこのことを相談したら、医師は念のために手のひらをレントゲン撮影してくれました。

 まさかと思いました。一目瞭然、何と2つの黒いものが写ってるのです。押すとその位置が動くのです。この内科医は鉄片が残ってると診断してくれました。

 毎年どうもおかしいと感じていたのは当たり前でした。結局、最初の外科医が中をよく見ないで縫ってしまったのです。この鉄片は今でも私の手のひらの中に入ってるのです。

 戦争中、鉄砲の弾を浴びた兵隊さんには弾が入ったままの方が多くおり、その方たちの多くは取り出してないそうです。それは周りの肉が弾を包んでしまってるからだそうで、私の場合も年数が経過してるので同様な状態らしいです。

 1年程前、最初の外科医院へ行きましたら、縫った外科医はすでに他界していました。【合掌】。二代目の息子さんが後を継いでるので、その日は事情を話しただけですが、驚いたことに初診料を請求されました。これは当たり前なのでしょうか。

 明らかに医療ミスと思いましたので再度手紙により私の意見を送りましたら、この医師は医師会に相談したとのことで、その結果、初診料を請求したのは適切であったと返事が来ました。

 治療してくれることもなく、現在も私の手のひらには鉄片が入ったままで不安です。私としてはこれを取り出し、もし神経でも傷つけたらピアノ演奏に差し支えると思い、そのままにしてあるのです。

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2007年10月31日 (水)

山に登り遠方を見る

  最近、私の目の疾患についてブログに載せたことがあります。右目に問題が生じてます。焦点のすぐ右に盲点のように見えない部分があるのです。例えば、左目を閉じて、この文章の始めにあります「最」の字に焦点を合わせると「近」から「私の目」の字が見えないのです。時計の中心を見ると3時の数字が見えません。2時と4時は見えます。

 実生活では左目が補ってるので見えていても、両目で見えてるより半分のパワーでしよう。近年、日本語の文章は横書きが多く、英文や楽譜も読む方向は左から見難い右へと進んでいくので、この不都合を医師に治療してもらいたいのです。

 この半年間、検査で「異常なし」言われ、結局4つの眼科を受診しました。最後は大学病院です。3つ目の眼科では待合室にいましたら、壁の掲示に第2オピニョンを紹介しますとありました。一瞬、この眼科は何だろうと思いました。第2オピニョンとは医師の方から先に提案するのでなく、患者の方から求めるものと思っていました。

 案の定、当院では分からないといわれ紹介状を頂きました。それにしても、この眼科では受診するたびに担当医が変わるので、その度ごとに症状について同じ説明をしなくてはなりません。医療費の点からも効率の悪さも感じます。あげくの果ては他の病院へ行って脳の検査であるMRIを撮影してくるように言われ、撮りに行きました。

 数日後、紹介状を持って大学病院に行きました。検査検査で1日中かかり、それでも4分の3は待合室です。ここでも初診日に担当医師を紹介され安心しました。その日はいろいろ訊かれて診察を受けました。結局、日を改めて精密検査することになり、その日は帰りました。1週間ほどして精密検査当日は1日中検査です。

 しかしながら、初診日に紹介された担当医師は顔を見せません。この日は別の医師による診察で不安になりました。夕方になって今度はヘッドと思われるまたもや別の医師の診察です。初めに紹介された医師は何だったのかと思いました。結局、検査では特に異常は発見されないというのです。

 患者である私は明らかに右目に見えない部分があり困ってるのです。それを信じて治療方法は無いのでしょうか。検査で引っ掛からなくても現実に疾患があるのです。

 振り返ると4つの眼科医院及び別の医院でのMRIなど医療費はかさみました。しかし、結果的に全く治療はありませんでした。

 これを考え、一般的に言って現在の医学では、眼科の分野は他の診療科目に比較して遅れをとってるのか、あるいは何が何でも治療してみせるという意気込みを持った医師が少ないのでしょうか。

 私が自らできることは起床時に目を洗うこと、山に行ってできる限り遠方の山々を見て焦点を合わせてみたいと思います。

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2007年10月22日 (月)

シベリアから最後の便りが届く

  学生時代にFさんの存在を知ってましたが、話したことはなかったです。彼と一緒の授業もあったと記憶してます。それは彼が個性的でバイタリティーに満ち溢れ、夏の日は学校のプールでバタフライで泳ぐのを見かけたりして、元気がいい人という印象がありました。

 私がカルカッタ滞在2年目になったら、何と彼は私と同じ職場である日本人学校へ赴任して来たのです。お互い顔は知ってたので、すぐに打ち解け、その後、カルカッタ日本総領事館内の宿舎で寝食を共にすることになったのです。

 職場も同じ、宿舎も同じですから若き日の私にはやっといい友人ができ、内心良かったと思いました。夏休みや冬休みには共にインド国内旅行に行き、オリッサ州ベンガル湾プリーで海水浴をしたり、その後、ニューデリー、タージマハール、何と言っても雪が降るカシミールで新年を迎え、拙いヒンディー語で現地の方々と交流したことは今となっては懐かしい青春の思い出です。

 彼とは帰国後も同様に行き来してました。彼の結婚式では私は司会を依頼されたので、私のときは逆にしてもらいました。こんなことで変わりない、いい友人でいました。

 その後、1年位して彼はヨーロッパで医師をしてるお兄さんに会うためと言い、またもや海外へ行くとのこと、私は内心思いました。「ずっとインドにいたのだから、そんなにすぐに外国に行かなくてもいいのではないか」と思ったのです。しかも、彼に長男が誕生して間もない時でした。何でそんな時に行ったのでしょう。

 出発の日の朝、電話がかかってきました。「今から新潟へ向かう」というのです。えーと思いました。彼は新潟港から船でナホトカへ向かい、それからシベリア横断鉄道でヨーロッパに行くというのです。

 数日してバイカル湖付近から「今ヨーロッパへ向かってる」と楽しそうな列車の旅の様子が葉書で届き、いつ習ったのかロシア文字も書いてありました。それが彼から私への最後のメッセージになるとは思ってもいませんでした。

 1週間ほどして大ニュース。イタリアのフィレンツェ~ボローニャ間でテロによる列車爆発事故発生。こんな広い世界で何で彼がと思いましたが、帰らぬ人となったのです。たまたま運悪く、近くに座っていたらしいです。亡がらが前橋駅に着いたとき、彼の赤ちゃんや私たちは出迎えました。辛い青春の出来事でした。

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