カテゴリー「レース鳩」の60件の記事

2008年7月 5日 (土)

世界が注目バルセロナIN放鳩される

Dscf0131  ブログで常に人気記事ランキング・シングルを維持してます【レース鳩の血統のみを職業】のFragrant Mountainさんから情報が入りました。それによりますと、世界の競翔家が最も注目し、最も価値あるヨーロッパ国際レース「バルセロナインターナショナルレース」が現地時間7月4日午前9時45分【日本時間7月4日午後5時45分】に放鳩されました。参加羽数は驚きの23695羽と報じられてます。

 現在、現地は夜を迎えており、バルセロナを飛び立った鳩たちはフランス北部近辺で羽を休めてると推測され、もうすぐ【日本時間7月5日午前10~11時頃の】夜明と同時に飛び立ち一番乗りをめざしている時刻です。

370  放鳩地バルセロナは英語でBarcelona(バースィロウナ)と発音し、これを聞いただけでドイツ、ベルギー、オランダ、イギリス、フランス北部の競翔家たちは闘志が漲るものでしょう。私たち日本人も憧れる世界の大レースです。

  バルセロナ市の中でも放鳩する場所はMontjuich(モンチューイッヒ)で北緯41.2度ほどですから、太陽高度で考えると日本では北海道・七飯近辺と思われます。そこから北へ向かって北緯52度ほどの位置まで1000K以上飛翔するのですから、参加鳩舎は位置的に樺太北部地帯と同緯度にあります。これを考えた場合、飛ぶ方向と緯度が予想を越えて日本の鳩レースとは異なります。

 歴史的に見て、世界最高のレース「バルセロナインターナショナル」で燦然と輝いてる銘鳩は写真上の「ミュニィエ号」といえるでしょう。品格ある顔の表情、安定した立ち姿はどこから見ても非の打ち所を感じません。ベルギー・ドマレー鳩舎において生を受け、2年連続総合優勝という前代未聞の記録を樹立です。このような記録は確率から考えても、21世紀中には出ないでしょう。

Dscf0112  ところが、この「ミュニィエ号」の直仔同士を掛け合わせた鳩が30年程前に当舎にいました。その直仔が東日本チャンピオンレースで雨天の中、連盟1羽帰りしたのです。若かった私はこの時、鳩レースは血統のスポーツと肌で感じました。

Dscf0120   ヨーロッパ北部は今の時期、白夜に近く夜は短いです。後2時間ほどすれば飛び立つでしょう。特にイギリスへ向かう鳩は海上50キロほどのドーヴァー海峡があります。最後の力を振り絞り渡り切ってほしい。

 果たして総合優勝はどの国のどの鳩舎になるでしょうか。もしかして、その鳩は近いうちに日本へ来るかもしれない。

378_2  尚、左の写真はFragrant Mountainさんによるリアルタイムな情報で、総合1位から10位までの鳩舎位置と分速が示されてます。地図上ではフランスの1鳩舎が位置不明ですが、今回、フランスが活躍し、シングルに3鳩舎が入ってるようです。

  【仮発表の速報によると、バルセロナIN23695羽中総合1位、2位、6位(デズメット=マタイス)8位、10位がベルギーで、3位、4位、7位がフランスで、5位、9位がオランダです。

 総合9位(N7041羽中総合2位)にブルッヘマン兄弟鳩舎が入賞しました。オランダN10位、16位にL.&A.ファンデル ウェーゲン鳩舎、22位にニコ.フォルケンス鳩舎が入賞しています。】 

Mr.Fragrant Mountain

  Thanks to you, I was able to obtain a valuable information about the result of Barcelona international race.  This is from Persimmon Marsh in Japan who is crazy about European excellent pegeons.          Sincerely yours

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2008年7月 3日 (木)

巣皿の底の観察は基本中の基本

Dscf0102  レース鳩愛好家にとっては作出から馴致、舎外、訓練と一連の管理に多忙な7月となりました。

 気温が高く、同時に湿度も高いので、雛の成長発達に良い季節であっても、飼育者は細心の注意を払い、口の利けない雛のためにさっぱりした快適な住まい環境を整えてやらなくてはなりません。当舎では、来春用の雛をまだ作出中です。

Dscf0106  この時期、雛を育てる上で最も目を配るべきことは巣皿内外の環境でしょう。気温は換気で下げられますが、湿度は下げられません。しかし、飼育者が巣皿の周囲を丁寧に観察すれば、湿気はかなり除去できるでしょう。

 それには、周囲に落ちた糞をこまめに清掃し、巣房内の床をじめじめさせないことです。写真のように私は2本の細い木の上に巣皿を置いてますし、巣房の床と後の壁の間に2センチくらいの隙間を作ってます。これで巣皿の底に空気が通り、底はぬれません。

 一方、雛にとっての天敵は蚊です。ご覧のように蚊が侵入しないよう鳩舎の窓はすべて細かい網が張ってあります。網戸ほど細かくなくて適当な大きさです。空気の流れには差し支えありません。

 これとは別に、7月になると巣皿周辺の環境は最悪になります。それは雛の血液を求めて小さな虫が2種類ほど発生します。これを排除しなくては雛は大切な養分を取られてしまい健康が阻害されます。どこから来るのか、自然に発生するのか、自然界は不思議ですが、血液という栄養を狙って巣皿の底にいるのです。

 このため、糞だけでなく、巣皿の底を毎日観察することは基本中の基本でしょう。特に藁や新聞紙の下に2~3ミリほどの黒い虫や、6ミリほどのムカデの小さいような虫を時々発見します。見つけ次第、取除いて鳩舎内にいないように捨てる場所をきちんとしたり、バーナーで処置すべきです。正式な名称は不明ですが、吸血虫です。

 しばらく構わないでおくと半数くらいの巣皿に発生するので、視力の弱い方はメガネをかけてよく観察しましょう。この状態では最高の餌を与えても、折角の栄養を横取りされてしまいます。巣皿によっては底が大きな網になってるものがあるので、今の時期のみ、それを利用するのもいいと思われます。

Dscf0110  レース鳩は血統と管理といわれますが、その一つ管理面において、健康な雛は疲れを知らない張り切った独立性を持った若鳩になり、将来、全幅の信頼を寄せられる選手鳩へ成長するでしょう。 

 作出鳩の中から、唯1羽でよいから北海道から「快心の飛翔」を示す鳩と出会いたいものです。さあ、明日も巣皿の底を快適にしてあげよう。

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2008年6月 1日 (日)

信州の方々と焼肉パーティーを楽しむ

Dscf0003  暫らくぶりに長野新幹線に乗り、高崎~佐久平間が僅かに25分。何と速いことか。ただ驚くばかりで、まさにbullet trainです。途中は殆どがトンネルばかりで景色を味わうまもなく軽井沢です。

 軽井沢を過ぎると窓からの景色が開け、浅間山と共に新緑の浅間高原を眺めることができました。本日は快晴で緑も一段と映え、佐久平はどこまでも広くて輝いてました。

 新幹線に乗り焼肉パーティーに参加するとは時代も変わったものですが、車で行くには難所である内山峠を越えて2時間もかかり、その上、大好きなビールが飲めません。5人のメンバーの中でビールを飲んだのは私だけで申し訳ない感じでした。

 本日のメンバーは長野県各地から車で来られてました。私が群馬から遥々来たと思ってましたが、長野県は余りにも広く、もしかして私より遠方から来られた方がいたかもしれません。

 実はレース鳩愛好家の間では、インターネットによる掲示板がいくつかあります。このうち本日は長野県佐久市にお住まいのハンドルネーム「浅間山さん」の掲示板に登場の方々が集い、焼肉パーティーとなったのです。悲喜こもごもの春期レースが終了し、楽しいオフ会です。

 佐久市からの眺めは北に活火山浅間山が秀麗に聳えてます。本日のように近くから見ると殊のほか活火山の威容が誇らしげに見えます。ハンドルネームを「浅間山」と命名した浅間山さんの気持ちが分かります。彼が佐久平駅まで迎えに来てくださり、市役所のすぐ近くにある「食堂園」に着きました。

 正味3時間ほどの焼肉による懇親会では名山・常念岳の麓にお住まいで、これまた「常念の麓さん」の今春の長距離レースの快挙に全員で乾杯し、彼を中心に話は弾みました。稚内からの結果を残されただけあって飼育法や種の新規導入法の厳しい基準について一般の競翔家より、いろいろ緻密で数段上と感じられました。

 数年前、我が家に来られた長野県北部にお住まいの「山ちゃんさん」ともしばらくぶりの再開でした。また、東部からの「マーベリックさん」も掲示板では存じ上げていましたが、実際にお目にかかれ、前から知っているような不思議な気持ちになりました。

 このように近年の交流の一つは、まず、共通の趣味についてインターネットの掲示板を介して知り合いになり、お互い文章でやり取りし、その後、オフ会と称して実際にお会いする交流もあるのです。このような流れで他県の方々と知り合いになれ、意見交換できるとは誠に不思議な時代です。

Dscf0007  ところで、主催者の浅間山さんは大切な子育てに専念される年代で、しばらくレースから身を引かれます。寂びしさはあっても家庭が第一ですから、お子さんに手をかけてやってほしいと思います。お子さんの成長期は二度とありませんし、これほど大きな希望のものもありません。

 将来、お子さんが成長され環境が許るされるようであれば再開できます。これはどなたも同じで、私も同様の経験があり、2人の娘たちが成人するまで20年ほどレースから遠のいていたのです。しばらくは仕事と楽しい家庭教育を中心に邁進してほしいと思います。

 本日は思いもよらず長野県の方々と膝を交えて鳩談義ができ、久々に充実した時間が持て感謝しております。

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2008年3月25日 (火)

津軽海峡を飛び越えるレース鳩たち

Dscf0261  レース鳩の飼い主である私は恥ずかしながら未だ北海道へ渡ったことがありません。今の家庭状況を克服できたら、必ず広大な大地を訪れてみたいです。行きは日本海側のフェリーか太平洋側のフェリーで行き、北の大平原を走行し、鳩友で道東にお住まいの北海丸さんにもお会いしたいです。

 車はケイマンあるいは新型フェアレディーZを望んでいます。しかし、助手席に座ってくれる人が確定してないのが悩みの種です。

 前置きはさておき、本州で500キロまで翔破した8羽のレース鳩たちの体調はまあまあのようです。4月上旬には大型トラックのコンテナに乗って北海道へ渡り、帰りは北吉原から群馬までの700Kレースに参加し、自分の羽根で津軽海峡を飛び越えて帰還します。

Dscf0251  このうち2羽はすでに北吉原と羽幌900Kを経験している成鳩です。1羽は群馬・たぶん弟さんの系統、もう1羽は茨城・高塚さんの系統です。

 ところで、残りの6羽はすべて昨年の春5月から7月にかけて誕生した若い鳩です。主翼が4枚ほど昨年のままで換羽してない鳩もいます。3羽は高塚鳩舎のミラクルクイーンを始めとするグランドの系統で羽色はすべて灰の小型のメス。

Dscf0624  あとの3羽は岐阜の香山鳩舎の系統で、「オルハンミラー×名前のない鳩さん所有フォルケンス」、「ファンデルスミッセン×ワンダーセレクト」、そして「ファンローン×セレクトエース」です。羽色は灰胡麻刺しオス・メスと灰のメス。果たして偉大な祖先の血は蘇えるでしょうか。

 すでに津軽海峡横断を2度も経験し900Kを飛んだ成鳩の2羽は帰還する可能性が高いですが、まだ誕生日を迎えてない6羽の若い鳩は、見たこともない大海原を果たして勇敢に飛び越えて、その後、群馬まで飛び続けられるでしょうか。先祖はフランス南部からオランダまでヨーロッパ大平原を飛翔し卓越した成績を収めています。

Dscf0258  レース鳩はBlood sportといわれ血統を子孫に伝えられるかが飼い主の配合の腕にかかっています。私も試行錯誤で配合を研究し訓練してますが、もう、そろそろ開花し、高塚さんや香山さんに恩返しをしたいものです。

 鳩たちは朝、北吉原から放され、優秀な鳩はその日の夕方到着予定です。私は夕方、家にいて勇ましく帰還する雄姿を目に焼き付けたい。

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2008年3月13日 (木)

魅力は尽きないレース鳩飼育

Dscf0179  私が鳩の飼育を始めたのは10才頃です。やがて、人生の大半をレース鳩と共に過ごすことになるとは小学生の私には想像できなかったことでしょう。

 「なぜ、人生の大半を、鳩と共に過ごしたか」それには思いつくことがあります。

 その大元は私が5~6歳のとき、姉が時々紙芝居をしてくれました。その一つが「お釈迦様と鳩」という題名の物語だったのです。子供というものは好きな絵本を何度でも読んでもらいたがるように、そのうちに私も内容を知り尽くし、文字が読めなくても台詞をすべて覚えてしまったようで、「お釈迦様と鳩」の紙芝居を宝のようにしていたのです。

 あらすじは確か、インドの森の中で父鳩と母鳩に大切にされ育った白い子鳩が、ある日、やっとひとり立ちできて森の中を楽しく飛んでいた時、弓矢を持った少年に打ち落とされ傷ついてしまったのです。

 少年は自分が獲った鳩を自慢そうにしていましたが、そこへお釈迦様が現われ、「この小鳩はどれほど両親のところへ帰りたがっているかしれない」と、抵抗する少年を説得し、傷ついた羽を治療してやり、数日して、ついに子鳩は飛べるようになったのです。そして父鳩・母鳩の待つ森の巣に帰れて、親子水入らずになるというパーピーエンドの物語だったように思います。私も子供心に安堵したのでしょう。

 お釈迦様の「優しさ」や「外界の恐ろしさ」、そして何より「子鳩が元の巣に戻った」という不思議さを幼い私は神秘に思ったのでしょう。この紙芝居が「三つ子の魂百まで」になり、お陰ですでに50年も鳩を飼育してるのですから、幼児期教育は人生に影響があるものですね。

 また、この紙芝居が発端となってインドに憧れ、初めての就職が「カルカッタ日本人学校」になったのかもしれません。そして釈迦が仏教の悟りを開いた「ブダガヤ大聖堂」訪問に繋がったと思います。

 インドから帰国して本格的なレース鳩飼育に発展しました。第1回稚内グランドナショナルレース優勝者・市川守一氏の「ハヤブサクイーン号」の祖母作出者・金子伊勢次氏からハイツマンシオン系導入により、私のレース鳩飼育はどちらが本職か分からないまでになりました。

Dscf0185  いまだに熱が冷めないのは、群馬県内の強豪「はとさん」、「アルカディアさん」、「ピジョンクレージーさん」という、鳩とお酒に滅法強い「上州四天王」を始めとして「名前のない鳩さん」「浅間山さん」「ミストラルさん」「大masaさん」「甲斐源氏さん」「ムニエルさん」「常念の麓さん」など素晴らしい方々、そしてインターネットを通じて知りえた「Jan Aarden愛好家さん」九州の「皇龍葵号」さんたちのお陰です。

 特に女性愛鳩家「マゴコさん」「やまさん」「ちぇろさん」「つどっ子さん」「順子さん」など全国のレディース鳩仲間たちの温かな精神的援助があったからこそと思っています。

 中でも当舎における血統の中核は茨城県の高塚さん、及び岐阜県の香山さんで、どれほど感謝してもしきれません。

【下の写真は香山鳩舎より導入したスチール号・ジャンヌオレルアン号直仔ペアーです。】

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2008年2月10日 (日)

列島を縦横に飛翔するレース鳩たち

Dscf0027  建国記念の日にふさわしく2月11日の朝は推定20万羽以上のレース鳩たちが日本列島上空を縦横に飛び交います。

 関東以西を根拠地とするレース鳩の多くの連合会や支部は北から南へ向けて鳩を放します。特に関東地方の連合会や支部では福島県や宮城県あたりから南へ向かって放し、一方、北海道及び東北地方の連合会や支部のレース鳩は南へ運ばれ、逆の方向である南から北へ向かって放されます。

 このため目的地が相反する大集団同士が上空で騎馬戦のように向かい合い、乱気流に巻き込まれたように激しく揉み合いになり、これが原因で帰還率に悪影響がでることは大いにありうることでしょう。

 これに反し、鳩レースの本場であるヨーロッパでは上空でレース鳩同士が反対方向に飛び交ったり、レース鳩の集団と集団が衝突するようなことは少なく、イギリス、オランダ、ベルギー、フランスなどの国々の多くのレース鳩たちは南へ運ばれ、同一方向である北へ向かって飛翔します。

 最終的に分岐点があっても、大集団が同一方向に向かって放されることは日本にない羨ましいことで、特に長距離レースになるとフランス南部のポーやペルピニャン、サンバンサン、スペインのバルセロナなど著名な放鳩地から大羽数がすべて北に向けて飛ぶ国際レースが実施できるのです。

 しかも、日本と異なるもう一つの点は鳩たちが高緯度を飛びます。放鳩地として最南端であるバルセロナでさえ緯度は日本の青森県の位置です。そこから1000K以上、北へ向かって飛ぶことになります。レースの行なわれる夏季は日本より日没時刻が遅くなり、日の出時刻が早くなり、鳩にとっては好都合でしょう。

 日本では、飛んでる最中、反対方向から飛んで来る大集団と向き合ってしまったり、その場合、もろに影響を受け、方向判定が狂うことは大いにありうることでしょう。

Dscf1125  実際、私が目にしたことですが、栃木県の鹿沼市に50羽ほどの個人訓練に行ったときのことです。鳩を放しましたらぐんぐん舞い上がり、かなりの上空に達し、私の家の方向である南に進路が定まり、やれやれと思ったのも束の間、2分ほどしたら、驚いたことに横一線に並んだ50羽ほどの集団が反対方向である北へ向かって飛んで来るのです。

 集団と集団は全面衝突。すべての鳩は10秒程もみ合い状態になりました。その後、それぞれ自分たちの目指す方向へと再び進路をとったのです。家に帰ってきましたら見慣れぬ鳩たちが大屋根にとまっていました。きっと私の鳩たちと一緒に来てしまったのです。私の鳩も2~3羽いなかったので、東北地方へ連れて行かれた可能性があります。

Dscf0186  ヨーロッパは丘は続いても概ね大平原。日本はどこもかしこも山また山の連続で、レース鳩にとって地形は苦難の連続でしょう。

 この上、日本のレース鳩にとっては最近増加した猛禽類の追撃も加わり、上記の二点を考え合わせると、故郷である鳩舎へ帰還するには私たちの想像をはるかに越えた困難が待ち受けてると考えられます。

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2008年2月 6日 (水)

北海道への夢を託すレース鳩のペアリング

Dscf0543_2  2月7日は北方領土の日です。将来、国後、択捉、歯舞群島、色丹すべての島が返還されることを願ってやみません。

 鳩界の重鎮でありました故・並河靖氏は、その生涯を医学、及びレース鳩研究に情熱を注がれ、名著「作出と競翔」やレース鳩の月刊誌などを通じて、研究内容はもとより格調高い文章に若き日の私はよく感銘してました。

 氏は日本鳩界の黎明期よりヨーロッパ鳩界を視察され、国際鳩連盟総会へ日本代表として出席されたり、その幅広い活躍には深く敬意を感じていました。生涯、氏にお目にかかるチャンスに恵まれませんでしたが、お会いしたかったとつくづく感じてます。

 氏のレース鳩に関する膨大な著作の中で、深く感銘を受けたことがあります。

Dscf0548  それは「北方領土の返還についてでありました。1日も早く北方四島が日本の帰属となり、日露平和を心から希求する氏の姿がありました。その暁には返還記念として、日本中の競翔家が北方四島から同時にレースを楽しめる日が来ることを願ってやまない。」という驚くべき発想でした。

 なるほど、距離の差はあっても日本列島は弓なりに位置し、優秀なレース鳩をもって北方四島からのレースに参加すれば、鳩舎位置による有利不利はなく、夢のような大レースが可能と締めくくっています。近い将来、氏の夢が叶う時代が来てほしいと切望します。

 ところで、立春が過ぎると日照時間が延び、レース鳩たちも子孫を残す巣作りの時期です。しかし、不幸なことにレース鳩には自由恋愛は認められないのです。飼い主の考えによってオスとメスは見合いさせられペアーとなる宿命です。 

Dscf0545 それは、鳩自身の成績、先祖の血統、虹彩、羽根の長さや細さ太さ、身体の大きさ、骨格、姿勢、筋肉の柔らかさ、意志の強さを表わす表情、遺伝による長距離タイプ、短距離タイプなど、飼い主が日頃培った経験と勘によって、より優秀な子孫の誕生を期待するからです。

 私も本日、配合【ペアリング】しました。稚内から帰還することを目標にしてます。夢は叶うでしょうか。鳩たちには優れた雛を育ててもらいたいです。

Dscf0546  香山鳩舎から来舎のプロンク鳩舎作翔「スチール号」は香山鳩舎作「ワンダー菊花号×ジャンヌ・オレルアン号」と配合しました。

 高塚鳩舎の「稚内クイーンの孫」は「稚内ブルーの直仔でミラクルクイーンの孫」と配合しました。

 ピジョンクレージー鳩舎の「クレージーボーイ兄弟鳩」は名前のない鳩鳩舎作「香山氏作ワンダーセレクト系×エルネスト」と配合しました。

 アルカディア鳩舎よりの「ノエルペーレン・オリエンタルカップ」は【Anglo-Japanese Friendship Bird日英友好号】アヴィニョン・エリザベス女王と配合しました。

 はと鳩舎作「ホープGN号」は「浅間山鳩舎作ヤンセン・マタイス」と組みました。

 3月上旬には雛がたくさん孵る予定です。一人暮らしの私にとって、レース鳩の誕生は賑やかになり大きな喜びです。

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2008年1月27日 (日)

私の部屋がレース帰還時の観察室

Dscf0478  25日は福島県白河市【約130K】からの訓練でした。この日の天気は北西風の強い西高東低の気圧配置で、レース鳩の帰還を観察する私は室外にいては寒いです。このため私の寝室兼パソコンの部屋から鳩の帰還が観察できるようになりました。

 レース鳩を飼育する最大の楽しみは、遠方から鳩が帰って来た瞬間でしょう。ゴールである鳩舎上空に差し掛かった鳩はいかにも安心したかのように羽根を動かさないでグライダーのように旋回し下降します。あるいは羽根を窄めて鳩舎めがけて弾丸のように飛び降ります。飼い主としてはその瞬間がたまらないのです。

Dscf0480  遠方から一所懸命飛んできた鳩を見てあげるのは飼い主の役目です。途中、猛禽に遭遇したりで恐怖の中を飛び続け、やっとのことで帰還しても主人が留守であっては申し訳ないです。現在は自動入舎システムですから主人がいなくても帰還時刻は記録されます。この自動入舎システムは仕事で家にいられない場合に威力を発揮しますが、帰還時は見守ってやり、労を慰めたいものです。

Dscf0484 一方、帰還の姿を見ることは今後のためにも肝心であります。帰還したらすぐ鳩舎内に入ることが計算上、飛翔時間の短縮に繋がり、分速を上げます。このため帰還時は入舎設備が理想に近いかどうかを研究するいい機会と思ってます。不備があれば改善です。左の写真、入舎中の鳩はFragrant Mountain鳩舎より導入のオルハンミラー系です。

 レースにおいて、鳩の飛翔は風に流されたりすると放鳩地~鳩舎間の直線上から離れて分速は落ちます。直線上を飛翔したり、追い風に乗ったりすれば分速は上がります。

 本能的に直線上を知ってる鳩が血統の良い鳩と言えるでしょう。後天的には飼い主は可能な限り山岳地の高所から訓練して、鳩が山を迂回せず「直線上を高度を維持して」飛べるようにしてやりたいものです。

 レース鳩には申し訳ないけれど今の時期は寒いので、この部屋から野鳥観察のように帰還を見ます。

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2008年1月13日 (日)

エリザベス女王の血統が1番手で帰還

Dscf0651  本日、栃木県塩谷~群馬県高崎間で100Kのレース鳩による訓練が行なわれ、当舎では、1番手として英国エリザベス女王の系統の鳩が1羽で帰還しました。2番手の鳩を7分ほど【距離にして約8000メートル】離しての到着です。

 ご存知のように、エリザベス女王陛下は子供の頃よりレース鳩を愛好され現在でも飼育されてます。写真は私が講読してます英国「ピクトリアル」誌の表紙に掲載された時のもので、右の男性は鳩の世話をされてますハンドラーの方です。

Dscf0088  このブログはワンクリックで英文に翻訳できてますので、万が一にも女王陛下にご覧いただいていれば望外の喜びですし、また、私も「ピクトリアル」の表紙に三回掲載されたことがあるので、もし、ご覧いただいていればこれまた夢のようなことです。

 女王陛下は日本鳩レース協会主催の国際レースに参加されたことがあり、その鳩は入賞後、協会でしばらく種鳩として活躍しました。その鳩の孫鳩が現在、私の鳩舎にいます。これは鳩友アルカディアさんが飼育されてたのですが、私に譲ってくれました。それ以来、ずっと大切に飼育してます。

  この鳩はAnglo-Japanese friendship bird【日英友好号】と命名し、ピクトリアル社に伝えてあります。

Dscf0434  左の写真は本日の訓練で1番手として到着寸前の「日英友好号」の子供です。西高東低の気圧配置の中、孤独な戦いに頑張り、入舎後、直ぐに水を飲みました。表情は緊迫感に満ちてます。それでもすぐに落ち着きを見せ、カメラに納まってくれました。父親はアルカディア鳩舎生まれの「暁八号」と前橋はと鳩舎生まれの「来迎八号」の子供です。この2羽とも八丈島からのレースで帰還した鳩で、いわば海上を飛ぶのが得意と考えられます。

Dscf0438  羽が栗は父親がシルバーだからです。前述のように、この鳩は【日英友好号】の子供で、これからのイギリスと日本の友好親善を担ってぜひ、北海道からのレースに活躍してほしいものです。次回は福島県白河市からのレースに参加します。

Dscf0442  7分ほどして2番手、3番手、4番手が飛来しました。強風のためかあまりまとまって帰還しません。到着寸前の2羽は香山系と高塚系がいっしょに飛来してきたところです。しばらくは疲れを癒し、回復したら飼育者として、よいトウモロコシを与え次第にエネルギーを蓄積させ次の白河へ調整していきたいと思ってます。

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2008年1月 6日 (日)

山岳高地による訓練の意義

Dscf0249  本日、日光霧降高原から連合会訓練が行なわれてます。左の写真は群馬から見た霧降高原方面です。天気は快晴でレース鳩たちは続々と帰還し、山岳地帯も飛びやすかったようです。当舎までの距離およそ75Kです。

 一般的に放鳩地としてどのような地形が望ましいか考えてみました。理想的には二種類あるように思います。

 その一つは平坦地で方向判定がしやすいようです。この場合、周囲が広々している田んぼや原野、土手のような所で、近くに山や森が迫ってなく送電塔もないことが条件と思います。これは放鳩直後、猛禽に攻撃される確率が少ない理由もあります。レース鳩は放鳩直後、かなりのエネルギーを費やして旋回しながら高度を稼ぐので、この一連の行動がとりやすい場所が良く、素早い方向判定に繋がると思われます。 

Dscf1220_2  一方、見晴らしの良い位置まで高度を上げる飛翔を人為的にしてあげることができれば、鳩は体力の消耗を防ぎ自ら高度を稼ぐ必要はないわけで、この上昇する一連の過程をすでにクリアーしていることから高地での放鳩は肉体的負担が少なく、比較的早く頭脳による方向判定に集中できるでしょう。

Dscf0395  個人訓練に行って観察すると良く分かりますが、この体重を持ち上げる放鳩直後の飛翔は意外と体力を使うように見受けられます。方向判定以前にかなりの労力を使う時でしょう。また、見慣れぬ土地での上昇飛翔は必然的に恐怖が加わり、かなり緊張して飛んでることが伝わってきます。

Dscf0409  このようなことを考えると、放鳩地は見晴らしが良く標高ある地点が断然望ましいように思います。放されてもすでに高い地点であれば、後は目的地に向かって飛ぶだけで体力的負担の少ない出発になります。

 当地区で以前にクラウン賞を授賞した鳩舎では徹底して霧降高原から個人訓練されたと聞いています。常に約55分で帰還できるように繰り返Dscf0416 し、見事な栄冠を獲得できたようです。ここまで訓練すると鳩と飼育者の絆まで確立できたと言えるでしょう。

 パイロットの方の話によると「上空から見た日本は一言で山ばかり」だそうです。こんなことも頭に入れると、標高ある地点からの放鳩は鳩たちにDscf0420 とって方向判定とその後の飛翔に適していると考えます。日光霧降高原はレース鳩にとって理想的な訓練地と言えるのではないでしょうか。

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2007年12月27日 (木)

高塚スピード系、1羽で帰還

Dscf0616  遠隔地から放された鳩の帰還を今か今かと家で待つ楽しみは鳩飼育者の醍醐味でしょう。卵から孵り、足輪を嵌めてやり、次第に大きくなって大空を飛ぶようになって、幾度となく訓練で鍛えられ、ついに他鳩舎の鳩に混ざってある地点から放され、生まれ故郷である人間の作った鳩舎に帰還するとは神秘なことです。

Dscf0614  今朝、栃木県足尾町約50キロで放されたレース鳩は山岳地帯からの方向判定を余儀なくされました。きっと、恐ろしい猛禽の追撃をかわし、南西に方向を定めたのでしょう。

 そろそろ来るかなと思った瞬間、1羽の鳩が上空から急降下。その表情は安堵に満ちて幸せそうです。翼をすぼめ力を抜いてることがよく分かります。上空から鳩舎が見えただけで、気持ちが吸い込まれ、急降下となるのでしょう。

Dscf0621 1番手の帰還後、後続は暫らくありませんでした。5分ほどして数羽がまとまって飛来し、それは見えないほどの上空から舞い降りてきます。

 1番手の鳩の両親共に茨城県高塚鳩舎生れで、父は稚内クィーン系、母は稚内ブルー号及びミラクルクィーン号の直仔により生まれた鳩です。

 当舎において18年春、北海道羽幌Dscf0623 からの難レースで帰還しました。19年は羽根の都合で休みましたが、今回から再チャレンジで参加してる灰のオス。目は明るくいい感じです。このまま、調子をキープし、最終レースである稚内からの帰還を飼い主と共に狙ってます。

 先祖は高塚鳩舎で実績ある鳩ばかりなので、後はその血統が開花するだけです。900Kを経験してる3才鳩なので、今春、稚内はチャンスと思ってます。後は飼育者である私の手腕にかかってることになり、調教師として毎日の管理に責任が生じています。

Dscf0613  辛い一人暮らしの生活であっても空を見ながら、愛犬「ころ」とともにたくさんのレース鳩の帰還を待ち、大空にその雄姿が見えた瞬間は何とも言えない感動が走ります。その後、続々と帰還が相次ぎ、師走の空に平和な時間が流れます。新年の日光霧降高原からの訓練に向け、明日からまたよりよい管理を工夫しようと思う。

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2007年12月26日 (水)

帰還したら体調回復に努めたい

Dscf0145_3   眠くても早朝に頑張って行なった6回の個人訓練も終わり、早くも来春の連合会訓練が始りました。天気が明日を過ぎるといい日が暫らくないようで急遽ウィークデイの訓練となり、今晩、持寄って来ました。暫らくぶりの持ち寄りで、連合会の会館には懐かしい面々が集まってました。

 今まで、連合会の第一回訓練は富弘美術館近くの草木ダムでしたが、今回、栃木県の足尾町からに変更となり距離約50キロです。足尾町は山の中にあっても標高が高いので放鳩地としてあるいはいいかもしれません。

 放鳩地の標高は可能な限り、高い位置がいいと考えてます。それは低い所より高度を飛べ、方向判定がずっとしやすくなり、スピードも上がると考えます。この次の日光霧降高原は標高が高く、毎回帰還がいいです。

Dscf0197  個人訓練と異なり、連合会訓練では鳩たちが広いコンテナに入ります。また、帰還地に差し掛かって他鳩舎の鳩たちとの分岐が一つの課題です。強い帰巣本能により遠回りや他鳩舎への挨拶回りはしないで、できるだけ直線上を飛び続け自鳩舎へまっしぐらに帰還することをめざします。

 持寄り時刻から放鳩時刻まで、寒いコンテナの中で約12時間過ごし、トラックと共に揺れたり暗い中で鳩同士がつつき合ったり、寝不足になったりで鳩の体調は思いのほか下がり気味でしょう。コンテナの中で他の鳩から病気を移される心配は大いにあると考えてます。

 極論すれば最悪の場合、コンテナ内は病原菌の巣とも考えられるので、コンテナ内の衛生管理は徹底して行わなければならないでしょう。

 このため、帰還したら全鳩に内臓の手当てをすべきで、毎回の訓練やレース後において、この手立てこそが次へのポイントと考えてます。

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2007年12月24日 (月)

レース鳩、寒さ対策を万全に

Dscf0595  鳩になったことがないので本当のところは分からないにしても、毎日、レース鳩の何気ない行動をつぶさに観察してると鳩の訴えをインスピレーションとして感じることはあるでしょう。

 鳩は寒さに強いとも聞きます。寒さに強くても寒いより適温がいいことは確かで、寒さのためにエネルギーを無駄に消費することはないと思っています。

Dscf0597 動植物が気温と密接な関係があることは明白です。特に植物は見ていてよく分かります。春暖かくなると成長し始め、蕾が膨らみ、開花し、新緑となり、紅葉し、落葉します。これらはもともと日照時間による温度変化がもたらすものでしょう。

 レース鳩も同様に生き物なので、気温とは密接に関係してると考えます。鳩舎の中で生活するには適温がいいに越したことはありません。

 夏涼しく冬温かい鳩舎は理想ですから、温度調整できる鳩舎であれば調整できない鳩舎よりレース鳩にとっては居心地はずっといいでしょう。夏は常に暑く、冬は常に寒い鳩舎ではエネルギDscf0609 ー消費が多く、体力の消耗に繋がり、ここ一番という時に体力が持続できません。

 いかに体力が蓄積できているかはレース鳩飼育の究極であり、これこそ先祖からの優れた血統を引出す飼い主の腕の見せどころと思っています。

 今の季節、鳩舎内では深夜から明け方の時刻にかけては、温度がもの凄く冷え氷点下になることもありえます。温度計を下げておけば一目瞭然でしょう。この深夜から明け方にかけての最低気温は害はあっても益はありません。

 このため夜間、鳩舎に寒気が進入しないよう大きな窓を閉じられる工夫や、奥まった巣房、奥まった止り木はエネルギーの余分な消耗を防ぎ、体力保持には意外とポイントと感じてます。

Dscf0608  夏季には蚊の侵入をシャットアウトする工夫、冬季には寒気の進入を防ぐ鳩舎に徹底するだけでも、レース鳩にとって住み心地は雲泥の差となり、成績の反映に近づくと思ってます。

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2007年12月17日 (月)

栃木県田沼50キロ訓練を実施

Dscf0318  昨晩の天気予報で、本日は晴れて風も吹かないことが分かっていたので、今朝、6回目の個人訓練を行ないました。4時30分に家を出発、現地到着6時30分です。

 鳩に申し訳ないが、放鳩予定時刻の7時30分まで1時間あるので、近くのコンビニで温かいお茶とサンドイッチ、赤飯のおにぎりを買い、放鳩籠を並べ鳩に周囲の景色を見させている間に、放鳩者の私は運転席でラジオを聴きながら朝食です。

 現地はまだ真っ暗でしたが、刻一刻と東の空がまさにDay breakといった光景で無風状態、周囲の広い原野も次第に見えるようになりました。

Dscf0320  原野の中で鳩を見ながら朝食を摂るなんて、よっぽど暇人と思われても、個人訓練はできるチャンスにしておかないと、日程がなくなるものです。7時になって太陽がすっかり顔を出してから、すべての鳩に朝日が当たるよう、ご覧のように籠を斜めに並び換えました。

 長い期間、レース鳩を飼育してても鳩がなぜ遠方から我が家へ帰還するかは神秘で学問的なことですが、一説によると「太陽コンパス」に関係すると書物で読んだことがあります。こんなこともあるので、放すまで太陽を良く見させるため籠の位置を変えました。

Dscf0328  ところで、放鳩籠は数回訪問した茨城の高塚鳩舎からヒントを得て、ご覧のようにゴムバンドで留め、もし、差し込んである棒が落下しても出口がすぐに開かないようにしてあります。長い間には棒が落ちて鳩が飛び出すことも起こりうるので、これはいい方法です。すべての籠にゴムバンドを付けたので運搬中も安心です。

 前回の反省に立って、太陽が高く昇り、空気が暖かくなってから放すのがいいと思いました。また、放す前に上空を良く見て猛禽が飛来してない確認が必要です。ここ田沼は広い原野があり放鳩地として理想と感じました。近くに山や森が迫ってると危険です。今後も、見晴らしのいい場所を選びたいものです。

Dscf0325  放鳩すると旋回しながらすぐ上空へ舞い上がり、1分ほどで方向判定が定まりました。途中に山があるのに群馬高崎方面がなぜ分かるのか、まずはほっとしました。果たして帰還率はどうかと思いながら私も帰路につきました。昔は籠を積んだまま職場へ向かったこともあり、懐かしく思い出されました。

 今回で訓練が6回目になり鳩たちも放されたら帰還することを次第に覚えたようです。家に着き鳩舎に入りましたら、殆どが帰還していてやれやれでした。

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2007年12月 9日 (日)

レース鳩の帰巣性と飼い主の役割

Dscf0571_4  レース鳩について「先祖から受け継いだ潜在能力を上手く引出すにはどうすべきか」あれこれ考えるのですが、これは飼い主がボケてはいられないことに繋がり、とてもいいことだと思っています。一方、考え過ぎて折角の才能の目を壊してしまうこともありえます。

 それであっても、試行錯誤を繰り返しながらレース鳩の習性を第一に考えてポイントだけは押さえたいものです。レース鳩飼育は何よりも成績という結果が出るので次への目標に発展します。

 レース鳩の習性とは何かを考えた時、猛禽類に対しては命がけで逃げることがあります。一方、これにより真剣に飛ぶので高度ある有効な飛翔に繋がり、体力が養われる面があります。

Dscf0570  これを考えた時、鳩にとって天敵からの心配がない安住の居場所こそ肝心でしょう。当舎でも原則的に毎朝、舎外運動しますが、出舎口を開いても後戻りして飛んで行かないのです。最近ではその傾向が強いです。余程、外界は恐ろしいのでしょう。いやいや出て行く感じです。顔の表情にそれがありありと出ています。

 しかし、この行動はレースにとって、いい傾向ではないかと考える時もあります。そのくらい鳩舎内の居心地がいいのであれば、遠隔地から放された場合、帰巣性は強まる可能性が考えられます。

 このためには、鳩舎内に完全な自分のテリトリー(縄張り)やサンクチャリー(聖域)を持たせることは飼い主の役割でしょう。「隠れ家的な止り木や巣房」はポイントと思います。

Dscf0572_2  体調に関しては腸の健康こそ体力増強に響いてくるように感じてます。折角、吸収した食物が無駄なくエネルギーに換えられれば、飛翔にとって効果があります。硬い糞こそ望ましく、これは見ればすぐ分かります。いい薬もある時代なので有効に使ったり、レッドストーンなど鉱物飼料及び大根葉など野菜が腸にはいいように感じます。

 このようにしてレース鳩に対し精神的、肉体的に支援した飼い主の究極の役割は個人訓練でしょう。これこそ血統的潜在能力を引出す最もいい方法と思っています。

 県内外の実力者やレース鳩の先進国であるベルギー・オランダの著名レースマンの言葉にも傾聴を怠らないようにしたい。

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2007年12月 5日 (水)

渡良瀬川の土手から訓練放鳩

Dscf0243  昨晩のうちに天気予報を見て本日の晴れが分かり、訓練のチャンスとばかり4時に起き、籠につめて5時前には家を出ました。

 距離が30キロほどなので、早く着き過ぎてしまいました。場所は桐生の東で足利よりの渡良瀬川北側土手です。今の時期、日の出が遅くて放鳩までかなりの時間があり、日の出前の寒さに堪えていました。

 鳩たちは流石に5回目の訓練ともなると籠の中で暴れることは殆どなくなり、放されるのを悟っているのでしょうか。1羽1羽が次第にレース鳩として風格が備わってきたようにも見えました。おっと、自画自賛か。

 暫らくしてやっと日の出、遠方に望む赤城の峰々が朝日に染まり始めても、陽の光がなかなかここの土手まで届きません。暫し、寒さに震え待機してましたら、光が鳩たちに降り注ぎ、それに反応するかのごとく、急に動き出しそわそわ始めました。

Dscf0247  太陽が地平線からぽっかり浮いた6時55分一斉に放しました。旋回しながらぐんぐん上空へ登り始めると思ったら、いつものように上昇しません。

 どうしたのかと一瞬不安になりました。案の定、珍しく猛禽の出現です。これは一大事。鳩たちは必死に低空を飛びながら掴まらないように逃げています。見た目には捕獲されたようには思えませんが、放鳩のタイミングが良くなかったようです。もう少し、温かくなってから放すべきだったと反省してます。温かくなって上昇気流が起こってからが上空へ昇りやすいかもしれません。

 それでも、私が帰宅しましたら、すでに先に帰還してて、遅かったねというような顔つきで私を見てます。私は恥ずかしいような、鳩たちが素晴らしいような、でも帰還してて嬉しかったです。しかし、その時点で5羽程度帰還してません。どうしたのでしょう。天気もいいので夕刻までには帰還してくれることを祈ってます。

 次回は栃木県の葛生から訓練します。距離50キロです。小春日和の日を選び、本日の反省を生かしたいと思います。

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2007年11月29日 (木)

種鳩に分離用餌とレッドストーン

Dscf0230  レース鳩を飼育してる人は、その管理に一年中、手を抜く時期はありません。今の時期、秋レースが終了しても12月下旬から春レースの正式な訓練が始まり、それまでは個人で訓練し、連合会などの合同訓練に間に合わせなくてはなりません。ぜひ、距離的にも余裕をもって会の訓練に入りたいものです。

Dscf0231  上記はレースに参加する選手鳩のことですが、一方、卵を産ませ雛を育てることが専門である種鳩は、はやり春の作出に向けて今こそ体調を万全にしておきたい時期と言えます。

 私は、種鳩の体調管理が成功するか否かの9割は、餌にかかってると思ってます。特にメスは肥リ過ぎないために脂肪分を殆ど与えないようにし、鳩舎の中があまり狭くないことが肝心と思ってます。

 このための選択肢として「オスメス分離を取るか」あるいは、「部屋を広くしたままで運動しやすさを取るか」、ということになれば、私は後者を取りたいです。選手鳩と異なり大空を飛べない種は鳩舎内であっても、できるだけ羽根を使った動ける状態で生活させてやりたいのです。止り木を高い位置に設置するのも効果があるでしょう。通常鳩舎の場合、分離するとどうしても部屋が狭くなりやすいと思われます。

 このため、私はやっと12月からオスメス分離する予定で、本日、分離用の檻を作りました。2月上旬の配合のため、分離期間が2ヶ月でも長過ぎる気がしてなりません。理想は1ヶ月と考えるからです。

Dscf0233  一般的な考えでは春の作出が終了すれば7月頃から分離したいところですが、私の見た目では分離期間は短い方が自然で、その方が体調がいいように感じられますが、皆さんはどう思われるでしょう。

 卵を産んでしまう可能性があっても、巣房を閉じてしまえばそうは産まないようです。卵を産んでしまうのは結果的に「餌の栄養価が高過ぎるため」と「量が多過ぎるため」のような気がしてるのです。

Dscf0241  餌については必ず分離用の餌を与え、量は夢中で餌に飛びつくほどの感じがいいと思ってます。レッドストーンは栄養価がないのに一生懸命ついばみます。もしかして、これで腸の調子がいいのでしょうか。水便は全くありません。硬くて赤い糞がコロコロで、掃くと音がするほどです。

 種の体調を万全にして2月の配合に賭けたいと思います。春はレースと作出の二つの仕事があるので、飼い主も腰を痛めないなど健康管理を徹底し、優勝という夢に向かって頑張りたいものです。ボケてはいられません。何事もこれからと思ってます。

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2007年11月18日 (日)

今朝、大間々の高台25kを訓練

Dscf0162  5時に起床、東の空を見たら金星が光り輝いていました。これはチャンスとばかり、訓練を決定。詰め込み作業を開始したら時間的にほんの少し薄明るく止り木から離れる鳩もいました。

 それでも、余裕で6時に出発、はと鳩舎の東を通過し、小島田から一路Dscf0158 50号を走り赤堀から北に向かいました。大間々に着くや否や北西にある細い道を高台へと四駆のアクティーは登ります。目的地に7時に着きました。

 いつもながらこの場所は放鳩地として適しています。広大でカラスだけの誰もいない原野。天気は快晴。暫し休憩し鳩たちには籠の中から景色を眺めさせていました。ここは大間々市街地より200mほどの高台、高崎市の方向が少し見えます。それでも直線距離25k。後方に赤城の峰々が聳えて朝日に輝いてます。遥か南には富士が見え、群馬の平地に住んでると見ることもなく、暫らくぶりに白銀の雄姿を眺めることができました。

 Dscf0159_2 今回で訓練は4回目、籠の中の鳩は放されることをすでに悟ってるらしく、嵐の前の静けさのようです。 30分休ませ、上空に猛禽が飛来してないことを確認して7時30分に放しました。

 静かな原野に羽音勇ましく飛び立ち力強いです。いつも思うのですが、小中学生にこの光景を見せてやりたいものです。

Dscf0163  鳩は高度を上げるまで強い羽ばたきを繰返し、旋回しながら上空へと舞い上がります。多少、蛇行を繰り返しながらも2分ほどで方向が定まり高崎方面へまっしぐらとなりました。なぜ方向判定ができるのか本当に神秘です。見たところ1羽として集団から離れることもなく、次第に横一線に広がり始め、南西へ姿が消えました。

Dscf0166  私が家に着いたのは8時30分です。すでに鳩舎内に半分ほどが入っており、半分は家の大屋根で翼を休め日向ぼっこしてました。私が鳩舎へ入るや否や屋根にいた鳩もどんどん入舎します。餌をくれる人を知ってるのです。鳩にだけ持てても仕方ないと思いつつ、早速、餌を与えましたらお腹がすいたのか狂ったようについばみ始め、大間々からの飛翔の代償を味わってるようでした。

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2007年11月13日 (火)

今朝、3回目の訓練実施

Dscf0138  5時に起床。暗いうちに約80羽を籠詰しました。暗い鳩舎内で捕まえるので、飼い主が鳥目ではダメです。車に積むまで30分はかかりました。

 東の空が薄明るくなり金星がひ