カテゴリー「登山」の13件の記事

2008年2月24日 (日)

榛名湖畔の猛吹雪、闇夜を一人歩く

Dscf0096  23日の群馬県の気象は大荒れでした。この寒い中、榛名湖畔の高原荘で中学時代のクラス会が開かれ、高崎駅から榛名湖行きのバスに乗りました。利用客は少なく、榛名神社以降の乗客は私一人になりました。

 夕刻であっても、降雪のため辺りは薄暗く、バスはカーブの坂道をグングン登り、終点の榛名湖畔に着いたのが丁度6時。人一人いないターミナルに着くや否や、一面氷結した榛名湖から吹きすさぶ猛烈な吹雪は視界を遮りました。

 ここバスターミナルから高原荘までは近いと思い歩き始めました。「これが大きな判断ミスだったのです。」特に吹雪に対する装備はしておらずジャンパーは着ていても手袋や帽子はありません。バスの運転手に教わった方向へ電灯もない雪道をリュックを背負い進みました。

 いくら歩いても高原荘らしい灯りは視界に入らず、あたりはますます暗くなって氷上からの吹雪は横殴りとなり、私の顔面を総攻撃。髪の毛と睫毛はバリバリに凍りつき、指は凍傷気味で感覚ゼロ、口の中に入れて温め続けました。髪の毛を触ると氷でかたまりゴワゴワ。横殴りの吹雪に時々立ち止まって、身体が倒れないようアイスバーンの上を踏ん張りました。

 それでも、運転手から榛名富士ロープウェイの近くと聞いたので、夏に来た道を思い出し、勘を働かせ一歩一歩前進。近くは凍てつく湖であっても、道との境は分からない危険な状態。生まれて初めて体験した気温推定マイナス20℃前後、吹雪とアイスバーンの暗い道なき道。

 肌に突き刺さる自然の猛威をこのまま1時間以上受ければ、体全体が凍傷になり、遭難とはこのような状態と感じたのです。誰にも助けを求められない過酷な孤独状態は30分ほど続き、湖畔の南東側を約半周しました。

 今回、想像絶する自然の脅威をもろに受けて感じたことは、もし、本格的な登山で道に迷い吹雪の中で一夜を過ごせば、命はないと知りました。

Dscf0095  やっとのことで高原荘の灯りを発見。厳寒の玄関に着いたときは安堵の気持ちでいっぱい。主の「連絡をくれれば車で迎えに行ったのに」の言葉には山の人の温かさがありました。すぐに温泉に入り身体を温め、髪を洗い、特に縮かんだ手足の指をマッサージ。

 まだまだ若いのだろうか【?】私の身体はすぐほぐれ、旧友の待つ懇親会場に着きました。すでに雰囲気は和やかで私は拍手で迎えられ、目頭が熱くなりました。友人たちはマイクロ貸切で高崎駅から来てました。私は所用があったので単独となり、思わぬ体験。「自然を甘く見ない」大きな勉強ができたのです。

 それにしても、その後のお酒はこの上なくおいしく、外界は猛吹雪であるのに午前3時まで語り合いました。

| | コメント (0)

2008年1月21日 (月)

城峯山頂のパノラマと露天風呂を満喫

Dscf0465  本日、友人で私の英語の先生であるサミュエルトッドさんと急遽、埼玉県北部に位置する城峯山【1037m】に登りました。彼の勤務は月曜日が休日であることを思い出し、連絡したら同行してくださるとのことで11時30分に出発し、山頂には1時頃着きました。

 実は私の家から城峯山の山頂が遠くに見えるのです。午前中は天気がよくて今日は山頂からの景色はいいだろうと感じたのです。

 下久保ダムを通過し登坂になると車一台が通れる細い道です。真冬の日陰は一面雪に覆われ、アイスバーンもあって運転の私は真剣です。しかし、四輪駆動、スノータイヤを履いたホンダ・アクティーバンは恐る恐るであっても標高950メートル付近の駐車場までまったく滑らずに辿り着きました。サミュエルトッドさんは内心、私の運転にハラハラドキドキだったことでしょう。

Dscf0248  この山には余りにも感動し、以前に【12月6日】ブログに載せたことがあります。山頂に立つマイクロウェーブ三階展望台からの景色は、見事に360度の大パノラマ。広大な景色には思わず息を飲み込みます。同時においしい空気、音のない世界をしばし満喫。

 来る途中、コンビニで買ったお弁当を広げ、幾重にも連なる地球の皺のような山々の稜線を味わいつつ、多くの皆さんが仕事で励んでいる時間、二人だけでこんな幸せを味わっていいのかと楽しい語らいは続きました。

Dscf0257  ここ城峯山頂は多くの皆さんにご紹介したい別天地です。というのは車を降りて20分ほど登ると山頂だからです。余り歩かなくても景色が抜群なのです。

 サミュエルトッドさんは山岳経験が豊富な方で私としてはどこへ行っても助かります。彼は山頂から手に取るように見える雲取山、両神山、赤久縄山、御荷鉾などの遠望を懐かしそうに見ていました。これらの山々にはきっとそれぞれの思い出があるのでしょう。

Dscf0466  マイクロウェーブの展望台では埼玉、群馬の山並みを30分ほど楽しみ、いよいよ歩いて下山。車は再び雪とアイスバーンの道をゆっくり下り、いよいよ待望の温泉に向かったのです。彼と私の共通点は山登りの帰りに温泉に立寄ることです。

 下久保ダムが眼下に見える高台に木造づくり「冬桜の宿・神泉」がありました。早速、疲れた足と冷えた身体を温めましたが、月曜日ということもあり広い浴槽と露天風呂は二人だけの世界。湯量は豊富でもったいない気持ちになり、また、来たくなりました。

 やがて到来する春か夏に、彼には尾瀬の至仏山に連れてって頂くことをお願いしました。また、オーラル英語についてもいろいろ教わりたいと思ってます。 

| | コメント (2)

2007年12月 6日 (木)

恋人に見せたい360度の眺望

Dscf0257  小春日和の今日、埼玉県に属する城峯山(じょうみねさん)へ行きました。実は、腹部の調子が悪かった数日の後、引き続いて腰や膝まで変になってきました。特に腰は痛くて堪えきれない程で参りました。それでも大分快復し、もっと足腰を強くしなければいけないと思い、急遽、群馬Dscf0248県の下久保ダムを通過し、埼玉県北部に位置する城峯山(1037m)に登りました。

 登山といっても、9合目くらいまで車で行けます。それから坂道を登ること500メートル程で想像を越えた大パノラマの山頂に着きました。近年、これ程ため息が出るような眺望を見たことがありません。日本中の皆さんに勧めたいです。

 それはご覧のようにマイクロウェーブの鉄塔があり、それに昇れるのです。ですから回りの樹木の上から大展望が開け、全くの絶景です。皆さんが行かれてもきっと感動の坩堝と化すでしょう。埼玉県に在りながら群馬県の山々や町並みが手に取るように輝いてます。

Dscf0249 左は私が住んでる群馬県方面です。日光連山から魔の谷川岳まで一望、たまたま雲が少なくて眺望は見事ですが、多分、冬の期間、晴れてれば多くの日が見事な景色をプレゼントしてくれるでしょう。このような絶景を眺めていると大自然と人間について、また、自分を客観的に捉えられる気がしてなりません。

 Dscf0250 平素、群馬の象徴として雄大に聳える赤城や榛名の峰々が、ここからは上越国境の山脈に吸い込まれるようで、雪を被った谷川連峰が他の山を断然超越し見事な山容を誇ってます。ここ城峯山は低山であっても周囲に高い山がなく、このような眺望を可能にしてます。

Dscf0251  画面、右の白銀は草津白根山。左に見える二つのコブは東御荷鉾(ひがしみかぼ)と西御荷鉾です。その間に少し白く見えるのが活火山の浅間山です。これらの山々には登ったことがあるので、当時のことが蘇えります。特に浅間山は20代の時、5回も登頂したので心のふるさとのようです。

 Dscf0252 西へ目をやれば八ヶ岳、南アルプス、両神山が遥か彼方より威容を魅せてます。城峯山のように眺望の優れた山に登ると、次はあの峰へ行ってみたいという衝動に駆られ、新たな望みが生まれて一石二鳥です。

 それにしても、本日、思いがけず味わった城峯山頂からの感動を、いつの日か恋人と味わってみたいと心から思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月29日 (月)

4羽のレース鳩を荒船山頂から放す

Dscf0915_2   朝6時に家を出て長野・群馬県境に聳える荒船山(標高1423m)へ向かいました。同行者はサミュエル・ドットさんと4羽のレース鳩です。8時15分頃から登り始めた山道は初めは歩きやすかったが、思わぬところに台風9号の爪痕が見られ、大規模な土砂崩れのため頂Dscf0030上への道が寸断された危険な状況で、引き返すことも検討したほどです。

 それでも危険な道無き道をロープを使って迂回し、4羽のレース鳩を入れた欧州籠を持って滑りやすい岩盤の難所を通り過ぎました。馬の背の ように左右が絶壁の所が何度もありハラハラですが、持って生まれた責任感(?)からか、どんなに滑りやすい危険箇所であってもレース鳩の籠を手から離すことはありませんでした。

Dscf0033  このため、予想以上に時間がかかり、断崖の上にある艫岩(ともいわ)に到着したのは11時でした。写真左、私の後ろは足がすくむ200メートルほどの絶壁です。レース鳩をここから飛ばせば飛ぶ姿がよく見えると思ったのですが、より高い位置がいいと思い、結局、ここから更に南に位置する行塚山山頂まで頂上台地を、また1時間歩き、またもや急勾配の難所です。それでもやっとのことで行塚山山頂に着きました。時たま登山客から質問され、「何がその籠の中に入ってるのですか。」とDscf0034訊ねられましたが、その度ごとに「レース鳩です。」と答えました。皆さん、驚いた様子でした。

 あまりにも歩いたので腹ぺこぺこ。頂上では、おむすびやサミュエルさんの作ってく れた温かいラーメンを頂きながら、籠の中で揺れてきた鳩たちを休ませました。

Dscf0038_2 4羽のレース鳩はいずれもレース経験鳩で、距離900Kある北海道・羽幌から翌日我が家に帰還した「ブラック号」を始め、ゴールデンベル孫など俊鳩ぞろい。行塚山山頂は樹木に覆われて飛ばし難い環境でしたが、1羽ずつ木々の間から放しました。木々を通り抜ければ、そこは海抜1400m以上の高い空、次々に放したので一緒に飛んで行きました。

Dscf0043 もしかして荒船山艫岩の南に聳える行塚山山頂から鳩を放したのは多分私が初めてでしょう。この4羽はすべて2週間前の四阿山(あずやまさん)から放した鳩なので今回は比較的簡単に我が家への帰還が予想されました。それでも、山岳地帯は鷹など猛禽類の棲み家、きっと猛スピードでそれらの追撃をかわし、人間には分からない命がけで、生まれ故郷の倉賀野へまっしぐらに飛翔したのでしょう。

 Dscf0046 今回の荒船山は台風の爪痕で思いの他、荒れた登山道に苦労しましたが、籠を持っての合計7時間の山登りにはさすがの私も疲労困憊となりました。帰路に「荒船の湯」で疲れた足を休ませました。凄くいいのんびりした日帰り温泉でお薦めです。露天風呂でサミュエル・トッドさんと一日を振り返り、笑いの中に苦労が飛んでいきました。なお、4羽のレース鳩は無事に我が家に帰還してました。この4羽は来春、親鳩として卵を産ませ北海道から帰る選手鳩の育成をめざします。

| | コメント (0)

2007年10月28日 (日)

明日は4回目の荒船山登頂へ

Dscf0915  ピアノを弾いたり、レース鳩の舎外や訓練をしたり、庭木の手入れで忙しくても、明日は上信国境近くの荒船山に登ります。同行者はサムュエル・トッドさん。つい先日も四阿山(2354m)に連れてっていただきました。

 彼は私の英語の先生であると同時に世界経済について造詣が深い方です。その幅広い生き方の中にあっても登山の指導者としてはこれまた一流です。彼はニュージーランドが第二の故郷といえるcosmopolitanで、それはニュージーランドで現地の高校生に授業をされてた職歴をお持ちです。

 このようなことから現在はたまたま日本にいるという感じの方で、将来、ご自宅の離れに英語道場を開かれると伺ってます。すでにハードは出来上がってます。この道場の1期生として私は入門を志してますが、果たしてついて行けるでしょうか。ネイティヴの方も来られるようです。

 荒船山については以前に書き込みをしたことがありますが、写真のようにユニークな形をしたテーブルマウンテンです。1423mの頂上は高原のように平で、群馬県側からは確かに荒海を行く大きな船のように見え、子供の頃から不思議な形の山と感じてました。

 船に因んで艫岩(ともいわ)という大きな岩壁が特徴です。その下の断崖絶壁は垂直200メートルほどと思われます。柵はありません。太古の昔、地殻変動が起きたか、あるいは何かの原因で周囲が陥没したと推測できます。人類の誕生以前のことでしょう。

 このようなことから荒船山は地殻的に興味をそそる山で、明日は体力の増強を図ると共に山の成り立ちなど見学してくるつもりです。サムュエルトッドさんよろしくお願いいたします。レース鳩も数羽お供します。断崖絶壁の山頂から放してみたい。無事に我が家に帰れるか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月14日 (日)

四阿山山頂で国際交流

Dscf1219_2  ついに憧れの四阿山(あずまやさん)2354メートルに登頂しました。群馬県内の山々に登って、遠方からこの四阿山を眺めていました。いつかは登りたいと心に決めつつも、なかなかそのチャンスに恵まれず、今回、サムュエル・トッドさんのお陰で標高の高い山に登れ、生涯い忘れぬ体験となりました。

 同行者はサミュエル・トッドさんと彼の同僚Tさん、Tさんの友人で中国のRさんSさんご夫妻と私です。おっと失礼、これに加えて私のレース鳩4羽です。

 山頂へのルートはいろいろあっても、私たちは茨木湖側からのアタックとなり、初めに童心に返る楽しいゴンドラで標高を稼ぎました。ゴンドラ料金は往復1100円、15分程度の空中散歩は色づき始めた紅葉や茨木湖を眼下に見下ろし、同時に気温の下がった空気に触れ始めました。

Dscf1232  ゴンドラを降りると標高はすでに2050メートル、涼しさと寒さとの中間的気温。以前に登った本白根山や横手山の雄姿が微笑んでいます。

 いよいよ、ここからリュックを背負い、一面、熊笹に覆われた一本道を登り山頂をめざします。道は思ったよりも歩きやすく、途中で休憩、ここで驚いたことがあります。

 私は小休止のつもりでしたが、中国のRさんがりんごをたくさん剥いてくれるのです。そんなに食べられないと申し上げても剥いてどんどん配るのです。結局、りんご1個分くらい食べました。せいぜいウーロン茶を飲む程度と思っていたのに、ずいぶん腹ごしらえとなりました。実はRさんは医師とのことで、りんごの成分が疲れたとき身体にいいと教えてくれたのです。

Dscf1218 途中、下を見ると恐い馬の背のような急峻な所にクサリが2ヶ所あり、真剣にならざるを得ません。その後、まもなく長野・群馬県境に位置する景色抜群の山頂に着きました。山頂は比較的広く、暫し360度のパノラマを堪能です。いよいよ楽しい語らい中に昼食。ここでも驚きです。次から次へと中国料理をたくさん振舞ってくれるのです。食べきれぬほどです。しかも、私の大好物のビールまで提供してくれました。これには乾杯(完敗)です。

Dscf1221  これを拝見し、私は何か民族性の大らかさを感じました。「食べて食べて」と、どんどん取ってくれるのです。以前に内モンゴルに行ったときの中国の方たちの歓待ぶりを思い出しました。中国風餃子や豚足はお腹がいっぱいになりました。暫らくぶりに私の拙い中国語も蘇り、楽しく国際交流ができ、また、いつか山へご一緒したいと思いました。素晴らしい中国の友人を連れて来ていただき、Tさんには本当に感謝しております。

 ところで、連れて行った4羽のレース鳩は、大きな籠を持ってゴンドラや急峻な山歩きを2時間するのは無理と考え、四阿山の麓で我が家に向け放しました。鳩たちはぐんぐん高度を上げ雲間に見えなくなりました。鳩舎に無事到着が確認でき、またもやレース鳩の帰巣本能について神秘を強く感じました。明日はおいしい餌を与えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月28日 (金)

楽しみな四阿山へ

Dscf1141  山岳のベテラン、サミュエル・トッドさんと今秋には群馬県嬬恋村の四阿山(あずまやさん)及び尾瀬の至仏山(しぶつさん)へ行く予定です。と言っても私が連れてっていただく立場です。

 まず、四阿山へ行きます。案内書によると、この山は登山ルートがいくつか示されてますが、私たちは茨木湖側から登る予定です。途中ロープウェイがあり、土日は運行とのことなので、動いてればこれも使うつもりでいます。

Dscf1142  標高2354メートルはこの界隈では浅間山に次ぐ高さです。浅間山の北西に位置します。亜高山帯に属し、高山植物も見られそうです。写真左の案内書は「安中山の会」の方々が調査し執筆されたもので、県内どこへ行くにも常に携帯し便利で助かります。

 ところで往復6時間以上は必要なので、肝心の足腰を鍛えておかなくてはなりません。本番ではどうでしょう。体力への挑戦でもあります。平素は平地のみを歩いてますが、登山で使う筋肉は異なります。

 山での天候の急変に対処するため、本日アウトドアー専門店に行って帽子と登山用レインコート(ゴア・テックス)を購入してきました。帽子はUVカット仕様です。レインコートはコンパクトにたためて小さな袋に入ってしまいます。

 本来の予定は明日でしたが、天候が今一歩良くないので、10月の秋晴れの土日に行くことにしてあります。それまでは高崎観音山周辺を登り鍛えておくつもりです。サミュエル・トッドさん当日はよろしくお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月19日 (日)

慰霊登山

Dscf0969_2  群馬県高崎市に住んでるので家から御巣鷹山まで車で1時間30分ほどです。この夏は慰霊に行こうと考えてたので、本日一人で登り、昇魂之碑にお線香をあげてきました。

 10年程前にも一人で慰霊登山しました。その時と異なり道路がかなり上まで開通し、歩く距離は短くなりました。駐車場から30分程ですが、急勾配なのできつかったです。

Dscf0970  近年、念願の湯ノ沢トンネルが開通し、今回は下仁田から南牧を経由し上野村に入りました。鬼石・万場経由より近くなり、運転も楽です。遠方からの方は上信越道の下仁田インター下車がアクセスがいいと思います。

 御巣鷹山は本当に奥深く、辺りは高い山が連なってます。群馬県の最南端に位置し、長野県、埼玉県、山梨県の県境に近いです。上野村の人家があるところから20キロほど山中に入ります。途中、たくさんトンネルがあり、上野ダムの横を通過します。

Dscf0971  車から降りると空気は涼しく、曲がりくねった一本道の坂を黙々と上をめざします。高低差180メートルは本格的な登山です。道はすべて樹木に覆われ、そばにはせせらぎが聞えます。「坂を登るには歩幅を狭くするといい」と山岳のベテラン・サムュエルトッドさんに八間山で教わったことを実行しました。お陰で楽になりました。

 Dscf0974 ようやく目的地の昇魂之碑を目の前にしたときは何とも言えない静寂さが漂いました。早速、お線香に火をつけ手向けて合掌。22年の歳月が過ぎても、何ら変化がないのだろうと感じました。

 飛行機の座席番号と思われる標識があちこちにたくさん立ってます。そのそばに数名の方々の霊が並んで祀られてます。多くは尾根の斜面です。推定200メートルくらいの範囲にわたってます。私は出来る限り多くを歩いてその都度一礼しました。

 驚いたことに直径1メートルもある樹木が22年経過した今でも丸焦げになったままで太い根が地面を捕らえてるのです。歌手・九さんの場所も分かりました。一礼し再び昇魂之碑の前に行き、鐘を鳴らしました。鐘には私の好きな鳩が1つがいいます。暫らくベンチに腰かけ休憩。上を見ると空はすでに秋。白雲が速く動いています。

 ご遺族の心情を思い一人静かにお参りができました。安らかにお眠りください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 2日 (木)

涼しかった物見岩山頂

Dscf0914  佐久の浅間山鳩舎を訪問しました。私は以前から掲示板で彼の活躍を存じ上げ、群馬でのオフ会で時折お会いしてました。私の家に来て頂いたこともあります。

 いつかは伺いたいと思いつつ、本日やっとそれが実現できました。群馬・長野県境にあります内山峠に近づくにつれて、くねった道路の急勾配。長いトンネルを抜けると、道路はすぐに下り坂に差し掛かりのどかなコスモス街道です。レイダートラップがあると聞いてましたので、本能的にスピードは控えめになり無事通過。

Dscf0901  成績を残した鳩群を拝見させていただき、持たせて頂きました。筋肉がやらかく立ち姿に敏捷性を感じました。概して、羽が長く見られ中長距離タイプが揃っているように思いました。どうしたことか1羽錦鯉のようなヤンセン系×マタイス系♀鳩をプレゼントしていただき望外でした。

 憧れの小浅間くんにお目にかかり、彼はどうしたことか私の顔を見てずっとにこにこしてくれました。生まれて半年であるのにしっかりした目が印象的で健康そのものです。自然に恵まれた佐久で、きっと22世紀を経験するのではないかと直感しました。中身の濃いいい人生を味わってほしいものです。

Dscf0903 Dscf0904_2   帰路に風呂に入りたくなったので神津牧場近くの「山荘あらふね」に立ち寄り、一人での入浴となりました。浴槽の窓からは佐久高原の山々が迫ってます。私はこのような自然に囲まれた奥山の山荘がお気に入りです。

Dscf0909  風呂から出たらどうしたことか、物見岩に登りたくなり、風呂上りのさっぱりした後なのにわざわざ山登りを始めました。誰もいない木々に覆われた山道。

Dscf0913  内心、熊に遭遇したらなどと小心になりましたが、やがて眺望にすぐれた岩だらけの物見岩山頂に到着。しばらく涼しい空気を胸いっぱいに吸い込み景色を堪能。これからも低中山でいいから頂上に立ちたいと思いを新たにし、同時に、これからいいことがあるかなと我に返りました。

 群馬県に入ってから2時になりました。昼食を食べようと「手打ちそば」の看板が掛かったひなびたお店に入りました。荒船山の見えるそのお店には人のよい年配の女性がいろいろ話しかけてくれ、漬物をいっぱいサービスしてくれました。街中ではないことです。手打ちの「ざるそば」は山登りで疲れた身にはおいしく、まさにHunger is the best saurce.でした。

 浅間山さん本日はお世話様になりました。 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年4月18日 (水)

若き日の浅間山登頂

Dscf0076_1 群馬県には浅間山、谷川岳、日光白根山、武尊山、草津白根山、荒船山を始めとして赤城、榛名、妙義の上毛三山といわれる山々があり、個性的で眺めるだけでも楽しいです。

 Dscf0406_4 これらの山々は多くの学校の校歌や応援歌にも登場し、県民に愛着があります。多くの山々をバランス良く眺められるのは高崎市から玉村町にかけての一帯でしょう。それぞれが特徴ある姿を表現しているように思われます。いよいよ新緑の季節。今年も登りたくなってきました。

 Dscf0457_3今まで登った山の中では20才前後に登頂した浅間山が深く印象に残ってます。5回登りました。中軽井沢の駅に午前3時頃着きましたが、登山口である峰の茶屋行きのバスが7時頃までないのです。その時間まで駅で待っていても仕方がないと思い、峰の茶屋に向かって暗闇の中を一人歩き始めました。今思うに若かったので疲れを知らない子供のようだったのでしょう。

Dscf0268_6  2時間ほど上り勾配をてくてく歩き、山に差し掛かる頃、徐々に東の空が薄明るくなるや否や目の前に突然、巨大な浅間の雄姿が現われたのです。思わず一人で万歳。頂上に朝日が当たり始め、その光はじわじわ麓に向かって拡大します。ついに巨大な浅間山の全体像が目前に浮かび上がりました。

Dscf0466_5 誰もいない静寂な早朝、自然美を独占、気分は爽快、頂上をめざす気迫はいよいよ高揚してきました。近くの岩肌でさえずる野鳥たちも人間世界より楽しい楽園があるぞと言わんばかりに活動を始めていました。

 峰の茶屋で小休止、6時に登山口から登り始め高山植物の中、9時に頂上に到着。快晴で見渡す限りの大パノラマの中、さっそく腹ごしらえ。関東平野の中に利根川がダイナミックに蛇行し、南には富士山が高さを誇っています。西には北アルプスの山嶺が一望。2568メートルの標高ともなると多くの名山同士が互いを意識してるように感じられました。

 浅間山山頂は私に広大な景色をプレゼントしてくれた「恩恵」、そして危険な活火山という「脅威」を教えてくれました。噴煙を伴なう地獄のような深い火口の底を見て、地球は脈々と生きており、私たち人間もこの地球の活動の中で生かされてることを実感しました。

【写真は上より荒船山、赤城山、榛名山、妙義山、浅間山】

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年4月16日 (月)

人生にも通じる三点確保

Dscf0466_3 Dscf0464_6近所に住むOさんは日本百名山をすべて登られました。百番目のゴールとなったのは長野県の高妻山です。その話を伺ったとき、私は百名山踏破記念と高妻山及びOさんの名前入りの達磨をお贈りしました。

  奥様も山好きですので、奥様への感謝の意味を込め最後の山を高妻山と決めておられたようです。ゴールとなった高妻山山頂登頂の瞬間は奥様も同行し、祝杯をあげられ、その達成感は誠に充実された心境であったと思われます。

 20年程前から私はご夫妻に元旦登山に連れてっていただいてます。県内外の低山です。今でもすべて印象に残ってます。山登りの良さの一つは、いつまでも具体的に覚えてることです。頂上へ向かう一歩一歩の踏みしめがあるからでしょう。

 新緑の季節に連れてっていただいた長野県の男山への縦走は初心者の私にはきつかったです。途中、垂直に近い岩壁に幾度も登り、高所恐怖症のため下を見るとどうかしそうでしたが、ご夫妻から励ましの言葉をかけられながらの真剣勝負でした。このような本格的な登山は初めてでしたので山頂に着いても落着かない心境でした。

 下山してから遠く離れたその岩壁を見て、よくあんな所を登ったと我ながら驚き、亡くなった親に叱られる思いでした。

 Dscf0435_2 この岩登りで教わったのが三点確保という方法です。4本ある手足の3本は岩に掴まったままで残りの一本を移動し、それが次の岩を確実に掴めたら、また次の1本を上げていく安全な登り方です。平素から手の指、つま先の指を運動させておかなくては自分を守れないと感じました。

 三点確保は山登りのみならず、あるいは人生おける困難なこと、障害を乗越える時、また、リスクを伴なう経済などにも通じると思います。

 これからも三点確保的に安全第一とし、新たなことに進んでいきたいと思います。

【写真は浅間山、角落山、Oさんが作製し私にプレゼントしてくださった埴輪】

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年2月23日 (金)

碓氷峠の散策

Dscf0339 Dscf0115 久しぶりに娘が休日でしたので、峠の湯に行こうということになり正午前に家を出て、目的地の坂本宿まで、途中、裏妙義の丁須岩の絶景を眺めながら1時間のドライブでした。

 この地は山岳地帯で碓氷峠といわれ、明治時代から昭和30年台まで急勾配により鉄道輸送が普通の機関車では登れないため、アプト式を採用したので有名です。場所は信越線の横川駅と軽井沢駅間です。このアプト式とは急斜面を運転するのに車両下の歯車と、地上のレール内に設置してある歯止めとをかみ合わせて走る鉄道で、スイス人のAptさんによる発明と言われます。そう言えばスイスには山岳鉄道が走っており昔から急勾配車両の研究がなされていたのでしょう。

 昔、私もこの碓氷峠の鉄道に乗りました。トンネルが26個あったのを数えたものです。アプト式の歯車の音が下からガチャガチャ聞こえました。

 その鉄道が写真右のようなレンガ造りの橋脚の上を蒸気機関車とアプト専門の機関車が二重連、三重連してトンネルを出て、すぐにこの橋を渡るのですから壮観だったのです。鉄道写真家にとってはため息が出たことでしょう。

 この橋はめがね橋の愛称でこれからも保存されるでしょう。こちらはイギリス人の設計によるもので、現在のような建設機械が無い時代ですから、多数の労働者の作業は想像外であったと想われます。トンネル内もレンガ造りです。3ヶ月ほど前、友人のサミュエル・トッドさんとトンネル内を歩いてめがね橋まで行ったことがあります。

 昨日はこの近くに近年開業しました峠の湯に行きました。写真左の建物でカトマンズの寺院を連想させるものです。たぶん設計の方がここが山岳なのでそれを意識して作られたのではないかと直感しました。周囲の山並みが絶景でここの露天風呂はお薦めです。その後、娘と食堂で昼食をとりました。私は懐かしい「すいとん定食」にしました。

 このようなことは久しぶりで、娘との碓氷峠行きは私にとってもずっと忘れないでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月16日 (金)

懐かしい憂さ晴らし

Dscf0235_1 Dscf0139_2  最近、南に聳える西御荷鉾へ行きました。同行した方は前橋高の同僚であり、以前にニュージーランドの高校で日本語を教えておられたSamuel Todさんです。このお名前はハンドルネームです。

 彼は休日の朝、サイクリングで度々群馬の森へ行かれます。ある日、帰りに私の家に立寄られました。急遽、どこかへ行こうということになり私の運転で神流町へ向かい、約一時間後に山の中腹にあるスーパー林道に着きました。そこから40分ほど頑張って見晴らし見事な山頂に着きました。

 この近くには恐竜が住んでいたと思われる場所があります。漣の跡が残り垂直になってる岩肌に恐竜の足跡と思われる穴が二つがあいてるのです。地元の人にとっては昔から不思議な穴だったそうです。また、鍾乳洞もあります。

 Samuelさんは長いこと山岳部の顧問でありましたので、県内外の山々へ多く行かれ、この道のエキスパートです。最近では榛名の氷室山や天目山の登頂、碓氷峠の鉄道跡を通ってめがね橋までの散策、そして今回の西御荷鉾山登頂とごいっしょして頂いてます。登頂後、高原荘でゆっくり入浴し、秩父の山並みを見ながら疲れを癒しました。

 ところで、ここ西御荷鉾は私が高崎商業吹奏楽部顧問時代、冬の合宿で部員達と登った思い出の山です。音楽の合宿ですが、レクレーションも大切と思い登ったのです。山頂には20センチほど雪があり、誰からともなく雪合戦が始りました。一応、木管楽器対金管打楽器に分かれての戦いでしたが、実際には、この時とばかり後輩は先輩をめがけ、女子は男子をめがけて日頃の憂さを晴らしました。彼らにとって西御荷鉾山頂での雪合戦は、澄んだ空、冷たい空気、白銀の景色とともに今でも忘れられないことでしょう。

 【写真左、遠望二つの山の右が西御荷鉾山、写真右はSamuelさん撮影の小生】

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)