カテゴリー「群馬のいい所」の26件の記事

2008年4月24日 (木)

芝桜の巨大な絨毯を散策

Dscf0172  群馬県榛名山麓に広がる「みさと芝桜公園」は高崎市箕郷町松之沢にあります。広さ2.9ヘクタールの丘に約26万株の芝桜が、あたかも天女が舞い降りて来たかのような振る舞いを呈し、赤、白、紫の華やかな色彩は小道を挟んで曲線美を呈しています。

Dscf0174 園内はまるで巨大なペルシャ絨毯を思わせる芸術的色彩を成し、訪れる人たちを夢の園へと導いています。想像するに、設計時に形や色彩がかなり綿密に考案され、巨大な模様は天女の羽衣となり、別天地の趣があります。

Dscf0175 私たちが物を美しいと感ずるには大きく二つあるのではないでしょうか。一つは色彩そのものです。色とは一色でも比類なき美しさを持つものもあります。しかし、他の色と組合わされ調和が生まれると、深い味わいが醸し出され、それぞれの色彩は一層個性的に存在をアピールしてくるようです。

Dscf0179_2 美しさを感ずるもう一つは形でしょう。花はもちろん、書を始めとして大自然が織り成す風景、庭園、壷、また車の形から、人の顔かたちやスタイルまで、形は美の究極を呈しています。ここ「みさと芝桜公園」はこの色彩と造形美を組合わせた稀に見る巨大な抽象絵画と言えます。

Dscf0177  こんな所を平素の仕事から離れ、好きな人と散策できたらどれほど幸せに感ずるか、私には想像のみの世界です。喧騒の世界を忘れさせる天上の別世界は比較的身近なところにあり、天女の笑みがほころべば思わぬ形で心の平安を味わえる気がしてなりません。

Dscf0173  いつの日か、再びこの地を訪れ、夢でなく心から楽しい散策が実現できることを願わずにはいられない。 

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2008年4月 2日 (水)

桜の名所・七興山古墳を散策

Dscf0015  私の家から車で15分のところにある群馬県藤岡市の七興山(ななこしやま)古墳は当地でも指折りの桜の名所です。意外と知られてない穴場とも言えるでしょう。駐車場、トイレ完備で一帯がよく整備され、古墳の頂上へ登れば景色もいいです。

Dscf0004  推定40~50本の桜の木は殆どが古木で麓から頂上にかけ古墳全体を包み込むように植えられてます。郷土の誇りを大切にする先人の思いが現在に蘇えっているのです。1本1本の幹は太く枝は斜面に垂れ下がる理想的な植林で、本日、私は思う存分その恩恵に浴しました。

Dscf0006_2  本日の開花状況は8分咲きでしたから、今週末は満開と予想できます。アクセスは関越自動車道藤岡インター下車で、富岡方面へ行く途中です。鏑川のすぐ南にあり、遠望はまるで桜の山のように見えます。古墳一帯は柴で覆われ、頂上へは歩道が続き、散策は気分爽快です。

Dscf0007  この古墳は二段式前方後円墳で、全長は東西約150メートル、高さ16メートルほどの立派なものです。周囲に外堀の形跡が確認でき、作られたのは6世紀前半といわれます。私の拙い経験ではこんなに大きく立派で、きれいに整備されてる古墳はこの界隈には見当たりません。

Dscf0014  こんな素敵なところを大の男が寂しそうに一人歩きするなど桜の景色とはマッチしないですね。恋人と歩きたいと思う私の心は自然の理でしょう。しかし、現実はシューベルトの「冬の旅」のようで、涙は恋人のもとへ流れ着くでしょうか。この心境を24曲も作曲し、やがて亡くなったシューベルトはもっと辛かったか。

Dscf0011  涙は送れなくとも現在は写メールという文明が私の心を代弁してくれます。美しい桜は実況中継のように届くであろうか。果たしてこれを美と捉え受け止めてくれるか。神のみぞ知ることです。私は今までから脱皮し、見た目も中味も改革していこう。

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2007年11月22日 (木)

冬桜で有名な桜山公園を散策

Dscf0180  群馬県で育った人は「上毛かるた」という地元の特徴を紹介したかるたを知ってます。この中に「三波石と共に名高い冬桜」があります。県南部に位置する鬼石町には桜山公園があり、ここでは今の時期としては珍しく冬桜が咲いてます。

Dscf0182  その数7000本といわれ山の斜面一帯に咲いてます。この桜は春にも咲く品種とのことで二度楽しめることになります。

 先日行きましたが、まだ少し早かったように思います。12月1日は桜山祭りが開かれるそうで、この頃が一番の見ごろでしょう。

Dscf0179  桜山一帯を散策するとアップダウンもありいい運動になります。冬桜の他にも椿園やロウバイ園もあり、私が行った日は県外の方々が多く、観光バスが数台来てました。露天のお店も出ていて土地の野菜や果物の販売もありました。

Dscf0178

 桜山一帯は気候が温暖なのでしょう。みかん畑が多くあって、みかん狩りができます。また、近くには桜山温泉センターがあり散策した後、湯船に浸かるのも旅の思い出となるでしょう。

 最初に書きましたように群馬県には「上毛かるた」があるので、それに載ってる場所を随時紹介してもいい所をいろいろご案内できます。

 ところで、昨日書きましたように本日も体調がすぐれません。食べ物が原因と寒波の襲来により、ダウンしたと思われます。病になると普段の健康がどんなに有難いかがわかります。

 一方、健康の時はあれこれ望んでばかりで、先人の格言にあるように「おごりこそが人生の大病なのでしょう。」

 これからの日々、足るを知るの心がけで健康管理を第一に考えたい。   

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2007年10月26日 (金)

コンサートを前に群馬の森を散策

Dscf0016  秋晴れとは打って変わって1日中しとしと降ってる日でした。一方、気のせいかもしれませんが、私の場合、高気圧に覆われと体調が何か良くない気がし、曇りの日のほうが楽なように感じます。気象と体調の因果関係は医学的にどうなのでしょう。無関係と言えるのでしょうか。究明したいものです。

Dscf0017  明日は暫らくぶりのホームコンサートです。ホームコンサートといっても家族のいない私ですから、ピアノを鑑賞したい方に来ていただいてます。前日に一所懸命練習して上手くなることはなくても、ポイントとなる音を確かめたり、強弱の対比を図ったり、速さにおいて静から動への柔軟性など、弾きながらもう一人の自分で客観的に聴きながら判断してるのですが、難しいことです。

 「月光の曲」では一見、単調な楽譜であってもベートーベンの青春像を想い、若き日の情熱の再現に挑戦したいです。ベートーベンは湖に映る静かな月の光とは無縁で、もっと深刻な精神状態であったと思われてなりません。月光とは関係ない彼の辛い心境に迫ることができればと思います。

 ショパンの「ノクターン1番」ではピアノ曲というより声楽曲のように音のまとまりであるフレーズを意識し、優しく言葉で語りかけるような表現にチャレンジします。ポンポン弾くのではなく、概ね滑らかにつなげていき、時にポイントの音をあたかも七色唐辛子のように効かせられたらと思ってます。

Dscf0018  明日は台風の影響もあって雨模様との予報です。プログラムは「雨だれ前奏曲」が似合いそうですが、それはまたのお楽しみ。

 夕刻、群馬の森へ行き、しっとりした空気の中を散策しました。樹木にほんの少し彩りが感じられ、表情は微妙に変化を見せながら次第に晩秋に向かってます。まるでベートーベンが散策したハイリゲンシュタツトの森のよう。群馬の森を散策したことが明日のベートーべンの曲に果たしてご利益あるか。

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2007年9月 4日 (火)

群馬の最北・奥利根湖へドライブ

Dscf1038  本日は天気が良かったので25年ぶりに群馬の最北に位置する八木沢ダムへドライブに行きました。もちろん助手席に彼女は座ってません。その代わり、レース鳩を1羽連れて行きました。系統は名前のない鳩鳩舎より導入のシャニース×ヤン・エルネスト直仔RC♂です。どこへ行くにもお供として鳩を連れて行くのは何とも楽しいものです。

Dscf1042  関越自動車道・関越トンネル手前、水上インターで降り、北をめざし四輪駆動は山また山を登坂します。途中、混浴温泉で有名な宝川温泉を通過しても、わき目も振らずひたすら北をめざし車は登ります。藤原ダムや奈良俣ダムの遥か上に存在する矢木沢ダムは広大な奥利根湖を造ってます。水力発電と共に首都圏の飲料水です。

 首都圏の皆様、皆様はここの水をお飲みになってます。きれいですからご安心ください。写真で見えるところはほんの一部分で推定20Dscf1039 キロほど奥まで広がっているようです。

 上空からの冬季の写真が展望台に飾ってあったのでご覧いただけます。なるほど奥山の湖であることが頷け、冬季は人間を寄せつけない厳しい地形をなし最も奥は大水上山で、その雫が利根川の源流です。

Dscf1040 日本は狭いと言っても、このようなところを訪れると高い山々に囲まれ民家は全くなく、ただただ自然だけが毎日明け暮れしてるするのでしょう。このため動物の宝庫で、展望台での説明ではこの奥利根湖は多種の動物が生息し、しかも多くの動物がこの湖を泳ぐのだそうです。鹿が泳いでいると、とんびがその頭に止まり足をかじられる事があるそうです。

Dscf1043 ですから、 一見のどかな奥利根湖の大自然であっても動物たちは生存競争の中で今まで生き延びてきたのでしょう。この湖の東に尾瀬の至仏山が聳えてます。秋にはサムュエル・トッドさんと登る予定ですので、山頂から奥利根湖が見えるかどうかも楽しみの一つです。

 ところでダムの上から放した名前のない鳩さん系の鳩は家に帰ってました。なぜ、あのような奥山から私の家まで帰るのでしょう。距離は80キロほどであっても、高山に囲まれた地点です。猛禽からの懸命な脱出、体力にしろ、方向判定能力にしろ、人間には考えられない優れた力を持ってます。

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2007年8月30日 (木)

遥かな尾瀬、遠い空

Dscf0654  日光国立公園から独立した尾瀬国立公園が今日誕生します。尾瀬は植物を中心とした手つかずの自然が特徴であったり、尾瀬ヶ原に代表する高層湿原は個性的です。

 私は群馬に住んでいながら足を踏み入れたことは2回です。1回目は学生時代に2泊3日で浮島などがある尾瀬ヶ原を歩きました。2回目は前高の旅行で尾瀬沼に行きました。2回とも朝から夕刻まで歩きに歩いた思い出があります。

 尾瀬は自然がそのまま残されてる数少ない場所といわれます。今では考えられないことですが、かつては尾瀬ヶ原を水没させて巨大ダムを造る計画や、群馬県側の大清水から三平峠を経由して尾瀬を縦貫する道路の建設計画がありました。しかし、すべてが中断され、本当に良かったと思います。それ以来、尾瀬は自然保護運動の原点となって、広大な高層湿原が保護され、未来へこのまま伝えいくことになりました。

 短い夏には水芭蕉やニッコウキスゲなど高山植物が咲き誇り、泥炭が堆積した高層湿原は栄養が少ないので、珍しく食虫植物が多くなるといわれます。

 訪れる人すべては、木道を歩いて動植物観察や景色を楽しみます。木道の総延長は十数キロでしょう。この木道整備など地道な作業をされてる方々には感謝の気持ちでいっぱいです。

 尾瀬ヶ原を見渡すように西に「至仏山」、東に「ひうちヶ岳」が聳え頂上は大パノラマといわれます。今秋には登山家サムュエル・トッドさんに至仏山山頂に連れてっていただくことになってます。ぜひ頑張りたいと思います。

 尾瀬では環境保護により「ごみ持ち帰り運動」が浸透してます。尾瀬は独立した国立公園となって今後ますます自然が守られ、このまま後世に伝えていってほしいものです。地元の片品村では8月30日を「尾瀬の日」と制定しました。尾瀬はもうすぐ秋です。

【写真は子持山山頂から見た尾瀬方面】  

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2007年8月14日 (火)

今後、登りたい群馬の山々

Dscf0915  写真は群馬・長野県境付近に聳える荒船山(1423m)です。先日、佐久の浅間山鳩舎を訪問した帰路に撮影しました。山頂へは過去3回登りました。ご覧の絶壁の上にある艫岩(ともいわ)などには柵がありませんので、気をつけねばなりません。その代わり景色は抜群です。

 私には1000~2000メートル位の中低山が体力から考えて適当ですし、これだけの高さでもすでに本格的な山で、大自然を十分に堪能できます。群馬・新潟県境の平標山(1984m)へは一度だけ登頂しました。ここまで来ると下界とは異なる植物と空気です。

Dscf0172  この山に連なる谷川岳はあまりにも有名です。ロープウェイで天神平まで行き、そこから尾根伝いに頂上を極めたことがあります。また、登山ではありませんが、ヘリコプターによる遊覧飛行で一の倉沢の岩肌を垂直に登り、山頂すれすれに飛んだのも視点が変わりたまにはおもしろいものです。すぐ近くで登山者が手を振ってくれました。

 この下で先日書きました気味悪い提灯のような光が真夜中に動いていたのです。

Dscf0170_2  写真左は谷川岳天神峠から撮影した谷川連峰です。この界隈は私の鳩友でスキーの名手アルカディアさんの縄張りのようなところです。標高が高いので雪質がよく春スキーも楽しめます。近くには谷川温泉、湯檜曽温泉、水上温泉があり、登山やスキーの後のリフレッシュにはこと欠きません。

 ところで、今後登りたい群馬の山々はたくさんあります。国立公園になりました尾瀬の至仏山(しぶつさん2228m)にはぜひ登頂したいです。仏に至る山とは秋の彼岸に行くべきか。

 この夏休みに計画してるのは元同僚サミュエルトッドさんと四阿山(あずまやさん2354メートル)登頂です。浅間山の北に聳える上越国境の山で裾野が長く眺めも雄大ですが、挑戦は初めてです。近くに鹿沢温泉があり、ここには南極越冬隊長として活躍された西堀栄三郎氏が作詞した「雪山賛歌」の碑があります。一行がこの近くで吹雪に合い、数日間、山小屋に閉じ込められた時、作ったといわれます。 自然の猛威のお陰で素晴らしい芸術が生まれました。これは自然の恩恵か。 

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2007年7月30日 (月)

自然の恩恵に感謝

Dscf0898  生まれたときから朝が来て活動し、夜になると眠ります。このテンポの繰返しで人々や動物たちはずっと大昔から生活してます。真っ暗な夜がきても誰一人驚きません。深夜、星空を見上げると、あることが確実に分かります。それは宇宙は暗黒であるということです。恐くなる時があります。

 昼間、青く明るい空があるのは地球を取り巻く薄い大気のお陰でしょう。でも、それはほんの一部で、果てしない宇宙は闇また闇でしょう。

 宇宙は本当に真っ暗なのに、地球に住んでるお陰で明るさを満喫できます。昼間、寝ててはもったいないです。ぜひ、戸外に出て光り輝く野山を散策し、四季折々変化する山並みを味わいたいものです。

 殊に群馬・谷川岳一の倉沢の人を寄せつけない険しい岩肌、本白根山の巨大空釜を眼前にすると圧倒されてしまい、自分が虫けらのような錯覚に陥ります。群馬に来られたら、これらはお薦めです。

 上の写真は珍しく庭でクロアゲハの一瞬を捉えました。小さな体に大きな羽根。触覚も威厳があります。バランスを取るための尾のような羽根。黒装束で宙を自在に飛び羨ましく感じます。人間には真似の出来ないことです。この夏一瞬の命であっても思い切り生命を謳歌です。

Dscf0899 左の写真は我が家のいわばシンボルである柿【Persimmon】です。私はカッキーです。これから実がだんだん大きくなります。どうしたことか娘はあまり興味を示しません。コンビニでもっとおいしい物があるからでしょうか。現代の人は当たり前なのでしょうか。淋しいですね。今年は食べて自然の恵みに目覚めてもらいましょう。私が子供の時は甘くてこんなにおいしいものはないと思いました。秋が待ち遠しい。

 前に書きましたように、井戸がありますのでモーターで汲み上げ使ってます。植物への水やり、レース鳩の飲料や水浴用です。使っても使っても次から次へとつめたい水が出てきて無くなることはありません。使えば使うほどいい水が出てくるのですから、自然の恩恵には本当に感謝です。 

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2007年6月 2日 (土)

360度のパノラマ八間山

Dscf0497  いつかは登頂したいと思っていた群馬県北部で新潟県との県境近くに位置する八間山山頂に本日登りました。標高1934m。周りの樹木はやっと新緑が始ってる程度です。朝、家を5時30分に出発し、登山口の野反湖畔に着いたのが8時頃でした。

Dscf0498_1  一休みした後、熊笹生い茂る山道を登り始めましたら、身体が慣れないせいか、すごく疲れました。30分もすると眼下に野反湖の景色が目に入り、だんだん元気が出てきましたが、それでも山道の登りはきついです。内心もっと体重を減らさなくてはと思いながら一歩一歩目的地の山頂を目指します。

 途中、小高い山や鞍部があり小休止。涼しい微風が肌に心地よいです。1時間半でついに山頂。周囲を眺めても山また山の大自然。山ばっかりです。人間の住んでるところなどほんの一部なのだと改めて大自然の広大さに感服しました。

 お昼をいただきながら見る遠望は、南に浅間、西に本白根、草津白根、横手山、また、比較的近くの北側には、その名も轟く白砂山の山並みが「来られるものならここまで来い」と言わんばかりに不動に聳え、標高高い上越国境の別世界を誇らしげに見せつけてます。

 頂上から360度の光景を1時間ほど満喫し下山しました。途中、行き交う人たちとは幾度となく挨拶を交わしました。多くは中高年の女性です。現代社会では女性の方が元気なのではないかとつくづく思いながら眼下に広がる野反湖畔をめざしました。

Dscf0512 下山後、帰路に最近テレビで紹介された「湯の平温泉」の一軒家に立ち寄り八間山の汗を流しました。鄙びてて静寂そのもの。白砂川のほとりの露天風呂は憂世の塵を忘れさせ、疲れた足をいたわってくれました。そまつな塀一枚を隔てて隣は女性風呂。声が聞こえます。ドキッ、しかし、白砂川のコバルトブルーの流れが私の心を引き寄せ、自然への魅力へと導いてくDscf0511れました。

今回、以前から望んでいた八間山登頂が実現し、本当に嬉しいです。ひと月に一度くらいは山に登り、身体と心を清めたいと思いました。

  本日は山岳のベテラン、サムュエル・ドットさんが同行してくださり、本当に楽しい一日を過ごせました。

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2007年4月29日 (日)

山登りと無常

Dscf0659_1 本日、子持山に行ってきました。同行者は山岳のベテラン、サムュエル・トッドさん。高山村にある群馬天文台の駐車場から登り始め、新緑には早い季節であっても登山道の道端には多くの木々が小さな芽を覗かせています。高い位置にあった天文台の2つのドームが次第に下方に見えるようになり、一休止。上りのため呼吸や、脈拍は平時より速めに感じました。

 実は、私は昨晩の夕食で食あたりになってしまい、夜中の2時頃、目が覚め胃の具合が悪くて上げてしまいました。これでは折角の子持行きも断念かと、うとうとしてましたが、朝になったら少し回復し、朝食を取らずに家を出発したのです。

 Dscf0656 このため2時間の登りは思ったよりきつく、心臓に負担のないよう歩幅を狭くした歩き方を続けました。ふと後ろを振り返ると、遥か遠くの空に上越国境の山々が長く連なっています。それ見た途端、白銀は疲れた足腰を忘れさせてくれたのです。頑張って登れば登るほど谷川岳や平標山の山嶺はその高さが増し、どうだとばかり気高い威容を見せつけるのです。

 1時間半で八合目ほどのNTT電波塔に到着。途端に今まで見えなかった南側に利根川の蛇行が目に入り、昨晩の食あたりは忘却となりました。そうこうしてるうちに遥か彼方に真っ白な富士を発見。それは「断然違うぞ」とばかりに純白に聳え立っていました。山道はいよいよ急勾配、最後の踏ん張りどころです。道の左も右も深い谷。登り始めた頃より体温は上昇し、山肌を拭う風がひんやり。とうとう山頂に着きました。

 Dscf0652_1 海抜1296メートル、その高さが示すように十二分に苦労しました。頂上は広くて、すでに15名ほどの登山客が360度の絶景に目を取られ静寂でした。女性の方が多かったです。しかし、子持山山頂で行き会ったのも何かの縁、雄大なパノラマを共に見ながら日光白根山をはじめ、武尊山、草津白根、北アルプスなど遠くの山々についてお互いその位置を確かめ合い、心は次第に一つとなって打ち解け、笑いに包まれ、いつとはなしに近しい歓談となりました。

 私は思いました。今日のこの時間、偶然、子持山山頂でお会いし、共に楽しい時間を過ごしたにもかかわらず、「この方々とはもう2度と永遠にお逢いすることはない」ということです。これ考えた時、登山の無常を感じてしまいました。

 Dscf0661_1 この寂しさと山頂を征服できた相反する感情をまとめるため、帰路に近くの高山温泉に立ち寄り、4時間歩いた汗を拭いつつ、山頂でのすがすがしさに満ちた彼女達の顔や声が脳裏を横切りました。

サムュエル・トッドさん一日中お世話様になりました。こころよりお礼申し上げます。

【写真は上より日光白根山方面と赤城山の河岸段丘、上越国境の山並み、赤城山の西面、高山温泉】

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2007年4月13日 (金)

山の偉容と脅威

  Dscf0459_3 名湯「草津温泉」の近くには一般的に知られる白根山及び訪れる人の少ない本白根山(もとしらねさん)があります。ロープウェイ山頂駅から南に位置する本白根の存在は知っていましたが、初めて山頂に登って、すりばち型をした巨大な火口の光景に深く感銘し、群馬には素晴らしいところがあることを改めて知りました。

 太古の大噴火以来、何万年も眠り続ける巨大な「から釜」にまず圧倒され、それは人間の存在など比較にならないぞと言わんばかりに地球の古い歴史を物語っていました。外輪山に囲まれた頂上一帯の土壌は白く、まるで月面かと思わせるほど人間世界とはかけ離れた先史時代そのままです。白根という名は不気味なこの白さに由来するのでしょう。山頂一帯は広い高原となっており浅間山をはじめ多くの山々を遥かに一望でき、まさに群馬の高天原です。

 頂上の端から下界を見下ろしましたら前高吹奏楽部の夏季合宿場であるシズカ山ロッジが森林地帯の中にポツンと見え、その位置関係もわかり驚きました。

 一般に親しまれてる草津白根山の登山道には何百人もの人の列が見えますが、ここ本白根山山頂はほとんど人影がなく、荒涼とした世界が広がってます。同じ白根山でも対照的な姿です。山頂へは木道が整備され植物の保護が行き届いています。地元の方々のご努力なのでしょう。特に「から釜」の巨大な深さとは対照的に小さなコマクサなど亜高山植物が厳しい気候状況の中で生息してます。

 後になって、この巨大な「から釜」の光景は私の脳裏にうっすら残っていたような気がしました。もしかして、20才前後に友人と訪れたことがあったのかもしれません。

 ところで、この近くには昔、女子高校の「山の家」があって、訪れた一行が途中、火山性ガスに見舞われ生徒さんが亡くなるという大きな出来事がありました。突然意識を失った生徒さんを必死に助けようと近づいた教師もガスを吸って倒れてしまったのです。この近くではスキーヤーも亡くなったことがあります。火山は非常に危険な山であることを常に銘記しなければなりません。殉職した教師は私の高校の先輩です。合掌

【写真の右に遥かに見える白い山が本白根山】

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2007年4月 5日 (木)

桜花爛漫の観音山

Dscf0551 Dscf0549_1 Dscf0547_1 私の住む高崎市には小高い観音山丘陵があり、鶯を始めとして小鳥の宝庫です。その声を楽しみながら歩くととてもすがすがしい気分になります。遊歩道が縦横に整備され今の時期、桜のトンネルの中を歩くのもいいものです。市街地より100メートルほど上がりますので空気が良く、つい一所懸命歩いてしまいます。

 観音山周辺を2時間ほど散策してますと身体も何気なく楽になり、新たな気持ちが起こってくるものです。走っていては脳は使えません。歩くことは目から入る刺激の多くに自らが反応してることに気づきます。また、次から次へといろいろが考えられるようになり、心身の健康ためには理想的なことなのでしょう。

 これはアキレス腱などの伸縮により第二の心臓と言われる「ふくらはぎ」に溜まってる血管をポンプのように押し上げたり、末端神経のある「つま先」まで運動することで全身の血行が良くなり、これが脳への血液循環を促進してるためと思われます。

 ところで、私にとって夕方になると毎日夕食作りが問題になります。「よし、今夜は駅前どんどんだ」と決めると、最近では家から約5キロあるお店まで歩いて行くようになりました。このように目的地のあるウォーキングはかなり速い歩き方となり、散歩の感覚ではなくなって汗ばんできます。

 笑われるかも知れませんが、この後の生ビールのおいしいことと言ったらこの上ありません。爽快そのものです。やはり、運動、栄養、休養のバランスを明確にすると、精神生活にもメリハリがついていいと思います。上がりは特製「焼きおにぎり」でこれがまた力がつきます。

 Dscf0539 いつも一人で歩いたり、一人での夕食ですが、いつかはそうでなくしたい。観音様の近くには「光音堂」という縁結びのお堂がありますので、桜見物をしながら「私にも花を咲かせて下さい」と祈願しました。

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2007年3月25日 (日)

二度上峠の魅力

Dscf0466_1 Dscf0470_1 Dscf0465_2 Dscf0467  先日、天気に恵めれましたので景色最高の二度上峠に行ってきました。暫くぶりの峠はやはり気分爽快のスポットです。以前に数回来たことがあります。碓氷峠の裏街道的な道であり、すぐに北軽井沢に行けます。

 次女が生まれる前、いすゞ117クーペに両親と妻と2歳くらいになった長女を乗せて新鹿沢温泉に行く途中、休憩したことも思い出されました。あれからずいぶん時間が経ちました。ここからは浅間隠山の登山口が近いです。この山には近所の方々と正月登山で登ったり、一人で頂上を極めたこともありお好みの山頂です。山はほとんど円錐形ですので遠方からもそのユニークな光景が確認できます。山頂からの景色は息を飲むようなパノラマ、視界を遮るものは何もありません。なんと言っても雄大な活火山浅間山が手が届くように迫ります。関東の山並みも良く見えます。この山を東に下りますと薬師温泉があり、その一角には、いつか行ってのんびりしたい「鳩の湯」もあります。

 また、二度上峠が登山口となってる山には「鼻曲山」という一風変わった名前の山へも行けます。ここも友人と登ったことがありますので、この峠一帯は群馬では私のお気に入りで皆さんにもお薦めのところです。

 ところで、二度上峠の名前の由来ですが、私の推測では右の写真を良く見ますと道がありますね。その位置は下から登ってきて思わず「峠に着いた!」と錯覚したくなる場所なのです。そして着いた途端にまた遠くに(こちらに)本当の峠が見え、二度、峠に上る感じでした。このため、はじめて来た時に名前の由来を直感してしまいました。本当はどうなのでしょう。

 この東側は倉渕町で私の知る限りでは温泉が4箇所あります。山奥でのんびり露天風呂に入り、いい空気を吸って喧騒の巷から隠れるにはいいですね。

【写真左は噴煙棚引く浅間山、右は榛名山方面、下は遠方に北アルプスが望めます。】

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2007年3月20日 (火)

巨大な摩崖佛

Dscf0459 Dscf0463 明日はお彼岸の中日です。お墓参りして先祖や妻を供養したいと思います。この仏事は平安時代の初期に始まったらしいです。彼岸という言葉を何気なく使ってますが、面白い字です。現世をこちらの岸(此岸)として彼の岸へ行くことなのでしょう。天文学上では太陽が真東から上り、真西に沈みますから、春分の日は太陽の通る真下が赤道の位置なのでしょう。

 ところで、群馬県には高さ10メートル幅8メートルほどの巨大な摩崖佛があります。甘楽町小幡の長厳寺裏山です。垂直な岩盤に掘り込まれています。この仏教彫刻は地元の吉田文作さんという方が一人で6~7年かけて昭和54年に完成されたと聞きました。足場の悪い位置での硬い岩盤との戦いは大変なご労苦であったことが想像されます。この摩崖佛に向かって先日拝礼してきました。 

 このように危険な絶壁に向って2000日以上費やし、巨大な仏像の完成をめざし手作業で彫り続け、初志貫徹されるには途中の健康維持はもちろん、精神力こそ強靭で敬意以外の何ものでもありません。このような方に比べ、いったい匹敵できる肉体や精神力を持ち合わせてるか、私など何事にも微力でしかないと感じざるをえません。

 これからもいろいろ出向いて美術品を見て回り、作製された過程を含め製作者の内面を感じ取れる見方を養いたいものです。

 ところで、本日は青森県金田一から7時45分にレース鳩が放されました。鳩たちは我が家に向って飛んでいます。青森~群馬間の直線距離は約500キロですので、到着予想時刻は午後2時過ぎと思われます。帰還したらゆっくり休養させ労をねぎらってやりたいと思います。こちらも強靭な精神力と体力、及び先祖から受け継いだ血統をフルに使って帰巣します。鳩から学ぶことは大です。

 

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2007年3月14日 (水)

奥多野の自然

Dscf0391_3 Dscf0379_1  群馬県西南部に位置します上野村の鍾乳洞は不二洞です。初めて中にDscf0377入ったのは今から30年程前で父と二人でした。その後、職場の旅行で奥多野を散策した時に10人ほどで最深部まで入っていきました。昔、僧侶が入り込み戻らなかったといわれ、10メートルくらい下に向って階段で降りた地の底のような所にそれが奉られています。ちょっと一人では行けない暗黒の地底です。おっと、ゾクゾク

 天井からの雫により出来る鍾乳石が大きなろうそくのような形になるには数万年以上かかと想像されてます。これを考えただけでも人間の生涯など顕微鏡で見るほどの長さと思わざるをえません。暗黒の中で考えられないほどの長い時間をかけて美しい紋様を形成してるのは驚きです。今では入口までの歩道がよく整備されてます。

 この不二洞のすぐそばに天空回廊と名づけた長さ225メートル高さ90メートルの吊り橋は名所となってます。この吊り橋の設置位置がもともとかなり高いところにありますので、谷底からは90メートルであっても遠く下方に見える国道は見かけ上300メートルくらい下に見えます。欄干にシャボン玉の装置がついて飛ばせることも出来ました。

 高度があるので空気が良く、歩いて渡る気持ちの良さは格別でその名の通り天空にいるようです。高度恐怖症の私ですが、欄干がしっかりできてるので怖さはあまり感じません。でも、もし欄干が無いことを想像すると立っていられないでしょう。

 この下の沢の流れは神流川(かんながわ)に注ぎ、次第に水かさを増して群馬・埼玉の県境となります。途中、下久保ダムがあり神流湖を作ってます。ダム建設によって多くの家屋が湖底に沈み、渇水時には昔の姿が一部見えます。かなり広い美しい人造湖です。

 この近くから御荷鉾(みかぼ)スーパー林道が始り、山のかなり高い位置をくねりながら近年開通した湯ノ沢トンネル近くまで道が走ってます。車で通過できますが、ゆっくり走らなければなりません。途中の景色は抜群でお薦めです。

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2007年3月 9日 (金)

嬉しいブログ復旧

Dscf0406_1 Dscf0402 Dscf0398   先日、突然にブログの管理面が作動しなくなりまして申し訳ございませんでした。最近、世界的に波及した経済の株安と同様、急に何が起こるかわかりません。何か起こっても慌てないで対処できるように確かな技術と心がまえを持ちたいものです。

 今回の不都合は単純ミスが原因と判明しました。今回の復旧に関しましてはブログ開設時に多面に渡りお世話いただいたお隣のHA様に全面的に応援していただきました。近いうちに私の家で彼の愛妻K様も交えて食事会にご招待し、一杯飲んでいただく予定です。本当に有難うございました。

 ブログ不通であった2日間は何かと憂鬱になり、表現手段がなくて気が滅入りました。コンプュ―ターは今や欠かせない生活の一部です。書込みだけでなく取り扱い技術も向上すべきとつくづく思いました。

 一昨日は前橋で来年度の海外日本人学校派遣教員9名の壮行会がありました。式典の中で私はそれぞれの先生方の赴任国であります国歌の楽譜を贈呈しました。現地での交流に役立てていただければ幸甚です。それにしても懐かしい先生方にお会いできて楽しかったです。

 ところで、今まで世界の国歌を聴いた経験の中で最も感動したのは香港が中国に返還される歴史的瞬間でした。中国時間午前0時(日本時間午前1時)1分前に英国国歌「God save the queen」が演奏され、午前0時の時報、次に中国国歌の演奏でした。この間約2分間、言葉による解説は全くなく、だだ国歌と時報のみでした。これほど厳粛な式典と国歌の意義を感じたことはありませんでした。

 【写真は群馬県庁展望台から見た左から赤城山方面、 中央はグリンドームや子持山方面、右は南側方面と利根川の流れ】

 

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2007年3月 6日 (火)

歩こう歩こう BMI 22を求めて

Dscf0392 Dscf0226 Dscf0169  私は以前に血圧が高かったのです。これは遺伝的要素も関係すると聞いたことがあります。父は低くい方でしたが、母は高かったです。一方、父は鼻があまり良くなかったようですが、母は鼻は健康でありました。

 この両親から生命を頂いた私は何と両親の悪いところを両方引き継いでしまったのです。鼻については30歳頃に手術しましたが、鼻は手術によって完治するものではないようです。手術によって医師がその後の治療をしやすくするために内部を広げたようです。以前に比べて調子はいいですし、花粉症はありません。今でも近くの耳鼻咽喉科に時々お世話になってます。

 一方、血圧の治療については、前橋高校勤務時代のPTAの方が循環器ご専門の医師でしたので、今でも2ヶ月に1度の割りで診察を受けてます。この医師はNHKためしてガッテンの助言者として時々登場されます。

 私の両親は二人とも明治時代の生まれで、背もどちらかと言うと小さかったです。両親から悪いところのみ貰ったように書きましたが、この二人から生まれたのにどう言う訳か、私は背が高いです。また、自分達が小学校のみの学歴だったからでしようか、私を地元の国立大学に進学させてくれました。また、父は人に名前を付けることをしていましたので、6人兄弟の最後に生まれた私に「日本でただ一人と思われる名前」を付けてくれ、今では有難いと感じています。

 88歳まで生きた両親に報いるには健康きりありません。「栄養、運動、休養、脳の鍛錬」を怠らずに生きたい。歩いて歩いて血の循環を良くすることは室内の運動とは異なり、目から入るいろんな景色に刺激を感じ、一石二鳥と思っています。

 写真はいずれも群馬県内のつり橋で歩いて渡ると楽しいです。左から上野村スカイブリッジ225メートル谷底からの高さ90メートル、中央は高崎市の響き橋100メートル高さ50メートル位、右は利根川上流にかかるその名も「めおと橋」 でも一人で渡ってもね。

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2007年3月 4日 (日)

途方もない大昔

Dscf0381  先日、群馬の南西部に位置する神流町の旧中里村へ行ってきました。帰路は一周するコースを辿り、上野村に出て近年開通した湯ノ沢トンネル経由で下仁田町へ周りました。このコースへのドライブは暫くぶりです。

 以前に四国犬を飼育してた時、日本犬に興味を持っち上野村に残っているといわれる「十石犬」の見学に行ったことがあり懐かしかったです。山深いこの地は神流川を中心として自然がたくさん残っていてお薦めの地です。

 旧中里村から埼玉県の秩父に貫ける道には道路工事中に発見されたという垂直な岩が姿を見せてます。この岩肌は漣のような跡がたくさん残っており、普通の崖ではありません。大昔そこを歩いたと想像される小動物の足跡や大きな窪みが二つ見られます。地元では以前から不思議な穴といわれていたそうです。

 この岩肌は大昔この地方一帯が海に面していた頃、「水深の浅い砂浜がそのまま化石となり」長い年月の地殻変動によって垂直になったといわれてます。特に目を惹くのは岩肌の上部に確認できる二つの穴です。これは近年、恐竜の足跡化石と確認されました。現場で見学しますと何か重い重力でずぶずぶっとぬかるみに踏まれた感じに見えます。

 恐竜が生息していた一億年前の中生代白亜紀といっても途方も無い大昔のことです。ましてや地球の誕生はそのまた40倍も昔のことといわれてます。

 それには比べようもない短い時間を生きる私たち人間は、いつも些細なことで悩んだり、争ったりしてるのでしょう。

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2007年2月26日 (月)

断崖絶壁

Dscf0076 Dscf0274 群馬・長野県境に位置するこの山は荒船山1422.5メートルです。群馬県側から見た形が荒海に漂う巨大な船のようで名まえの由来です。日本では珍しいテーブルマウンテンです。

 全体像を眺めて想像しますと、おそらく数百万年前に侵食によって回りが崩落後退し、現在の岩が残ったとたと考えられます。この差は目測200メートルほどで断崖絶壁を形成してます。写真左のように長野県側から見ると船底のようにも見えますが、右の写真のように群馬県側の遠望は上が平らで、正しく荒海の中に浮かぶ一隻の舟のように見えます。子供の頃から西南に変わった形をした山があると感じてました。

 群馬の断崖絶壁で私が近づいた山は、この荒船山の艫岩(船尾の意味)の他に、浅間山登頂で見た火口の垂直な断崖で、これもおそらく200メートルくらいでしょう。また、ヘリコプターで谷川岳一の倉沢の麓から切り立った岩肌すれすれに上昇したことです。谷川岳はアルカディアさんお馴染みの天神平から長女と尾根伝いに登ったこともあります。

 数年前にこの荒船山へは亡き妻と登頂したことがあります。景色が良くて物見山や雄大な浅間山がすぐ近くに見えました。艫岩の上で自然を満喫し昼食をとったことが思い出されます。

 最後に妻と行ったのは上越国境の平標山山頂です。帰路にお花畑を歩いていたら猿の大群が現れ、ふたりで石を叩きながら追いやった思い出があります。

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2007年2月24日 (土)

歴史的建造物

Dscf0353 Dscf0349 Dscf0344   私がかつて勤務していた職場の比較的近くに位置する富岡製糸場は世界遺産暫定リストとして国内で決定されました。現在、内部の見学会が盛んに行なわれてます。本日は土曜日とあって多くの見学者が訪れていました。

 明治政府はフランス人ブリューナーを首長に迎え、水や石炭などこれらの確保に便利な条件をクリアーした富岡を適地と決め建設に着手し、明治5年、操業を開始たと伝えています。

 操業開始以来130年経過しても、この巨大な建造物は当時のまま近代産業の雄姿を今に伝えています。柱や梁に太い木材が骨組みとして使われる一方、外壁はレンガです。昨日書きました碓氷峠のめがね橋もレンガ造りですが、近代日本の黎明期はレンガが多くの建築物の基盤として重要であったと感じました。

 ここ富岡製糸場で生産された生糸が横浜港から諸外国に輸出されたのですから、日本が近代国家へ進んで行く上で、ここは重要な産業施設であったことがわかります。

 本日も多くの見学者が訪れ、案内人による解説も聞くことができました。中庭の一角にテントによる出店があり、来訪者に当地の産物を販売したり、温かい食べ物のもてなしもありました。

 たまたま、私の鳩友ピジョンクレージーさんも専門の梅に関する商品で出店され、私は梅の酢を購入しました。

 日本には神社仏閣を中心に優れた建造物がたくさん知られていますが、富岡製糸場のように高さ11メートル木骨レンガ造による歴史的巨大産業施設も世界遺産として十分価値あるものと思いました。

 【写真左から、本館東繭倉庫、ブリューナー館、ピジョンクレージーさんの出店テント】

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2007年2月20日 (火)

日本一の大黒様

Dscf0271 Dscf0277  群馬では上毛三山の一つに妙義山があります。地質が古くて一般の山と異なり、岩でごつごつしてます。四季それぞれ味わいがあり、ご覧のように独特の景観を呈してます。特に秋は紅葉が見事でお薦めです。

 最近になってこの一角に大きな大黒様が建立され、福徳の神となっています。大きさは日本一といわれています。

 妙義山は大きく三つの峰から