音楽教育で鍛えてほしいこと
写真は高崎観音山の頂上にある「躍進」の像です。青年時代においては脳を鍛え、身体を鍛え、そして人格の陶冶が3本柱として重点とされ、これらは学校では教科の勉強と多くは部活動を通してバランスを取ってると考えられます。
勉学やスポーツの成績に秀でていても、最後の柱がお座成りになると、積み重ねてきた努力や周囲の期待まで一瞬にして水の泡になることは枚挙にいとまがありません。
小学生のうちから良い刺激をたくさん与えて小さな時から「考える習慣」を伸ばしてやりたいものです。そして、一人で何でも出来るように生きる力や、自らと人を大切にする気持ちを育んでほしいものです。小さい時から潜在してる可能性をしっかり引き出してやることこそ大人の役目でしょう。
「教育する」ことは英語でeducateですが、語源はラテン語で「その人の持ってる能力を導き出す」という意味といわれます。教えるというより本来は「引き出す」ということらしいです。
このような点から、私が学校の音楽の時間で徹底して行なってほしいものに「発声法」があります。人は顔が一人ひとり違うように、声もその人だけの極めて個性的なものです。顔を見なくても誰が話してるか分かります。
折角、一人ひとり無垢な声が潜んでいるのに、発声の教育がお座成りになると、その特徴ある声が上手く響かず、生涯の損失です。大人になっても声の質に無頓着な人は意外と多いものです。これは音楽の時間に発声法を徹底して教えてない場合があるかもしれません。正しい発声法ができれば歌はもちろん、日々話す声も清々しく、聴いただけでも惹きつけられ、人間的魅力にも一役買うでしょう。
一方、「声は健康のバロメーター」とはよく耳にする言葉です。はつらつとした声こそ精神も肉体も健全である証拠に思います。マイクなしでも良く通る声を目指し、ものを鍛えるに遅いことはない筈ですから、今からでもよく響く声に鍛えたいものです。
僧侶の読経には極めて芸術的な響きがする方をお見かけし、感銘を受けることがあります。若いときから徹底した修行によるものと思われます。
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