カテゴリー「国際交流」の5件の記事

2008年6月17日 (火)

ロシア人女性の前で「カリンカ」弾く

Dscf0056   英語は得意ではありませんが、若き日インドに2年間滞在してたからでしょうか、外国の方との交流は好きです。今までもホームステイとして多くの方々を受け入れてきました。私の家には外国の方が滞在できるように3階のロフトにトイレつきで一部屋用意してあり、宿泊したのはアメリカ人やニュージーランド人が多かったです。

 どうしたことか高校時代から好きな科目が音楽と英語だったのです。それがその後の職業選択にもつながり、結果は出なくても、今でも飽くなき挑戦は続いています。

 この二つの科目は国際交流にはとてもいいと感じます。言葉が通じれば、それはそれで楽しいですが、言葉があまり通じなくても、「音楽はいっしょに歌えたり、いっしょに踊れたりでき」心を一つにさせてくれる不思議な力があります。

 先日、ブログで述べましたが、最近、中国の若い女性が2人見えました。早速、歓迎の気持ちを表すため中国国歌をピアノで弾いたのです。日本の家庭に来て自国の国歌を生演奏で聴けるとは思ってもいなかったのでしょうか、 彼女たちは感極まって何か静かな雰囲気になってしまいました。でも、潤いの眼はすぐに打ち解けた表情に変わり、私の拙い中国語も聞いてくださって会話は楽しく続きました。「音楽は民族が異なっても共通のものである」と、この日も確信できました。

Dscf0004_2  今までも、外国の方の訪問があったときは、まず、その方の国歌を弾くようにしてました。見知らぬ家に来ても、とたんに緊張がほぐれ、それはにこにこして表情に表れます。

 これはある意味で私の国際交流テクニックの一つなのです。今までに外国人を前に弾いた国歌はアメリカ、ニュージーランド、アイルランド、韓国、中国、ロシア、フィリピン、インド、ヴェトナム、イギリスです。これらは旋律もきれいで、私にもすぐ弾けるようになりました。

 ところで、1年ほと前、ロシア人女性のいるスナックに【一杯飲み】に行きました。【一杯のみ】ではありません。

  嬉しいことに、そこにはピアノがあったのです。ほろ酔いかげんの私にはそのピアノが「カッキー、弾いておくれ!」と言ってるように感じてしまったのです。

 思い切り、ロシア民謡の「カリンカ」「コロブチカ」「アムール川」「仕事の歌」「カチューシャ」「バルカンの星の下に」「トロイカ」「バイカル湖のほとり」「黒い瞳」「黒い瞳の」などを続けて弾きました。平素はカラオケによる演歌を聴くのが殆どの中、ロシア女性もまさか遥かなる故郷の民謡が目の前で聴けるとは予想外だったのでしょう。ピアノを聴くや否や日本での毎日の緊張感がほぐれ、どうにも止まらぬ情熱の血に火がついてしまったようです。

 中でも「カリンカ」や「黒い瞳」では目に一杯涙を浮かべ踊っていました。もしかして、我に返り、遠く離れた故郷の情景、子供のときのこと、父母、友、恋人の顔が浮かんだのかもしれません。

Dscf0019  それ以来、お店に行くとロシア女性「マリア」は「カッキー、ロシア民謡を弾いて」と言うようになり、私は毎回弾きました。

 このとき「音楽は民族を超えて最も偉大である。」と再認識しました。お酒も国際交流にはとてもよい潤滑油ですが、音楽はそのまた上です。

 それにしてもロシア民謡はなぜ我々日本人にもメロディーやリズムの相性がいいのでしょう。もしかして、これは遠い昔のことで、日本民族の起源に由来することかもしれません。

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2008年1月17日 (木)

中国国歌に感泣の中国女性

Dscf0360_3  先日、近くの音楽喫茶「蔵人」で二人の中国人女性に会いました。一人は県内の大学院に留学中の方で、もう一人はその友人です。お二人とも張さんと言いました。

 ここ「蔵人」には、「松屋」と彫ってある元々昔のお店の看板であった大きな木製のテーブルがあり、それを囲んで紅茶・コーヒーをいただき、客は音楽を聴きながら初対面でもすぐ知り合いになれます。

Dscf0229  こんな雰囲気の中、中国の女性たちと紅茶で乾杯しすぐに打ち解けました。私もどうしたことか拙い中国語が蘇えり、天安門広場で毎日朝夕行なわれている国旗の掲揚と国歌の演奏についての印象を話したり、万里の長城の下のトンネルを列車で潜ったこと、内モンゴルのパオで飲んだ強いお酒の思い出などを話しました。

 Dscf0445彼女たちは日本語が堪能で驚きます。きっと頑張って勉強したのでしょう。私の話す中国語はどの程度伝わってるかは定かでありませんが、内モンゴルでの囲いのないトイレや日本の露天風呂の話では大いに盛り上がったので、少しは分かってもらえたようです。このような話はどの国の方でも男女を問わず共通しておもしろいのですね。

 外国の方とご一緒する機会に恵まれると、もっともっと語学をしっかりやらなくてはと痛感するのですが、人間の意思は弱いもの。なかなか努力が続きません。今回も彼女たちの語学力にかなり刺激を受けました。もっと中国語の単語を覚えなくてはなりません。

 私の趣味はレース鳩やピアノであることを伝えましたら、彼女たちはピアノが聴きたいと言いましたので、近くの私の家に行くことになりました。二人を連れて来られた日本人の方もご一緒です。

  はじめに中国の方には珍しいと思われる畳の部屋にお通しし、紅茶を出して歓談しました。ここでは中国人書家・銘揚氏の書を珍しそうに見ていました。これは「中日友好号」について書いてあります。

Dscf0004_2  いよいよピアノを聴いていただくこととなり、何を弾こうかと思いましたが、歓迎の気持ちを伝えようと私はとっさに「中国国歌」を弾き始めました。すると一人の女性は立ち上がり演奏を感慨深そうに眺め、もう一人の女性はどうしたことか感極まって目頭を押さえていました。

 まさか、日本に来て目の前でピアノによる自国の国歌が聴けるとは思っていなかったのでしょうか。それとも国歌を耳にして祖国の懐かしい家族・友人を思い出したのでしょうか。中国の方にとって「国歌に対する思いは常に崇高なもの」かもしれないと感じました。

 今までの和やかだった雰囲気は、途端にしんみりし、張り詰めた空気になりました。その後、荒城の月やべサメムーチョ、冬のソナタを弾きましたら彼女たちに笑顔が戻り私もホッとしました。中国の女性もヨン様がお好きなようです。

 国際交流の第一歩は、その国の音楽を演奏することで、互いの気持ちがぐっと近づくような気がしてなりません。 

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2007年8月 1日 (水)

こんな楽しいことはない

Dscf0900  夕刻、鳩友のアルカディアさんと二人で高崎駅前・高島屋の屋上ビアガーデンで楽しいひと時を過ごしました。2時間ほどです。何が楽しいと言っても、涼しい屋上でビールをいただきながらの四方山話は楽しいの一言に尽きます。最も人間らしい姿ではないでしょうか。

 本日は関東梅雨明けでグッドタイミング。水曜日とあってそれほど混んでません。それでも私の職業柄か偶然にも数人の方々としばらくぶりに再会しました。

 アルカディアさんとの会話はいつもながら、と言ってもご一緒するのは半年ぶりですが、彼の話の範囲はスポーツから芸術、家族論に至るまで、足るを知るとでも言いましょうか、幅広いのです。こちらがかなりしっかりしてないと、相づち一つ打つにも理解できなくて失礼になります。ところが、私にとっては生ビールがおいしくて、お替りするようになると、折角の彼の有益な話が把握できず、とても申し訳ない状態になりました。

 そうこうしてる内に、近くのテーブルにいた昔の同僚がアメリカの方をつれて私たちのテーブルに同席されました。瞬時に4人で乾杯。アルカディアさんにとって、このような機会は時々おありのようで、普段でもオーストラリアやベルギーのレース鳩関係者と、メールや掲示板、電話で交流されたり、実際に現地へ行かれたりするのですから、本日のように外国の方との突然の交流も何ともないようです。素晴らしい心構えで、見習いたいものです。

 私は普段一人ぼっちの夕食ですから、今夜はいつもと異なり、それだけでも自己を見失いやすく、ましてやアメリカ人との英語会話などアルカディアさん任せでした。

 私は思いました。彼のように外国通であったり、突如として、外国の方が眼前に見えようと堂々とされ、何もなかったかのように英語によるスムースなコミニュケーションが図れ、誠に尊敬に値します。本日のように外国の方との交流はすごく大切と感じました。

 アルカディアさん、楽しい時間を有難うございました。

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2007年7月19日 (木)

ヴェトナム国歌を弾く

Dscf0865 夕刻、トリューさんが訪れました。次女の学生時代の友人でヴェトナムの方です。前もって娘から連絡があり、来訪が分かってましたので歓待の気持ち伝えるには何がふさわしいか考え、ヴェトナム国歌演奏を思い立ちました。このようなとき音楽は気持ちが伝わりやすく、ピアノで練習しました。

 幸いにも国歌集に載ってましたので、すぐ練習に取りかかりましたら、音楽は躍動感に満ち、旋律は明るくのびのびしてます。大らかな民族性が滲み出ているのでしょう。彼は私の演奏を聴いて、にこにこしてくれました。

 若いときから国際交流は大切にしてきました。今までも外国の方が見えると、乾杯の前にその方の国歌を弾き歓迎の気持ちを表わしました。お客様は驚くとともに、初めから気持ちが打ち解け、ほっとするようです。

 彼は仕事で、日本とヴェトナム両国の橋渡しをしてます。ヴェトナム要人の来日時には、日本の閣僚との通訳をされたり、裁判所での通訳も大きな仕事とのことです。母国ヴェトナム語はもちろん日本語、英語に堪能です。

 彼の語学能力を拝聴し、私ももっと英語の勉強をすべきと思いました。交流の媒介はどうしても言葉だからです。

Dscf0861_2  トリューさんは20代の独身です。食事をとりながら会話は進みました。失礼にならないよう注意して、念のため「将来どんな方をお嫁さんにしたいですか」伺ってみました。

 その答えは開口一番、「親を大切にする人」と返ってきたのです。私たち日本人が忘れかけていたことを彷彿させます。現在では本人同士がよければいいという風潮がありますが、彼には大切な信念があります。

 30才になったら通訳の仕事を一段落させ、両国が益々緊密になるような仕事をしたいと胸を膨らませてます。私は頼もしく感じました。ヴェトナムの食料品、民芸品の輸入など、日本人にとって珍しい分野のようです。彼は大きな夢を持ち、若者本来のバイタリティーが感じられました。

【上の写真は彼からのプレゼントによるヴェトナムの風景画、下は今回お土産にいただいたヴェトナムのお酒】

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2007年2月28日 (水)

必要に迫られてるかどうか

Dscf0336  若いときのインド滞在が外国人のホームステイ受入に結びつきました。今までに受け入れた方々は、アメリカ人、ニュージーランド人、中国人、インド人です。この他、ホームステイでなくても家に来て交流いただいた方々はヴェトナム人、エジプト人、中国人、イギリス人、韓国人、アイルランド人です。

 アメリカ・オレゴン州の方は高崎商業吹奏楽部の練習を聴きに来ていただき、アメリカ人作曲家の作品演奏後、部員に感想を述べられました。また、別のアメリカ人の方には校内アンサンブル演奏会を鑑賞され講評をいただき音楽を通じて中身のある交流ができました。

 同様に前橋高校吹奏楽部では草津で行なった夏の合宿にアメリカ・ミシガン州の方に参加していただき、音楽や食事を通して部員たちと共同生活する機会がありました。インドの青年は普通の授業に参加され、歓迎として私のビアノによるインド国歌演奏後、祖国について詳しく説明されました。このとき生徒さんが英語でインドについて質問したには流石と思いました。また、ニュージーランドからの交換留学生3人には年間を通して日本語の授業を行なったことがありきす。これは生徒さんも真剣ですが、私にとっていい英語の勉強になりました。

 今でも年間1~2度ほどですが、娘の大学の時のヴェトナム人の友人Mr.Tが来られます。私も交流しますが驚きます。英語も上手ですが、素晴らしい日本語能力をお持ちだからです。彼は現在でもヴェトナム政府高官が来日したときや、裁判所などで通訳として活躍しておられます。語学の才能とは、それが必要に迫られてるかどうかなのでしょう。

【写真はヴェトナム人Mr.Tによるのプレゼント】

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