カテゴリー「暦」の3件の記事

2007年10月23日 (火)

滝廉太郎作詞作曲「秋の月」

Dscf0008  今夜は十三夜のお月見です。日頃の慌ただしさから離れ、しみじみ月を眺めてみたいものです。先月の中秋の名月も今夜の十三夜も例年天気はいいようです。好きな人とのお月見ならいいですね。気持ちが一つになります。

 人類が誕生して以来、テレビもラジオも電話も携帯もパソコンも車も水道も電灯もなかった時代が99%以上を占めるでしょう。こんな時代が考えられないくらい長い年月続いたことを想像すると、周囲の建物も低く人々は夜間、現代よりもきれいな星座の動きや月の満ち欠けこそは、つい目に入る身近なことであったと思われます。このため、大昔から明治の初めまで太陰暦が続いたのでしょう。太陰暦(旧暦)の明治5年12月3日を太陽暦の明治6年1月1日にしたと伝えられます。

 月に関して、よく注目されるのは十五夜と十三夜ですが、一方、私が子供の頃は11月頃、十日夜(とおかんや)がありました。これは収穫祭の一つと思われ、私も子供の頃、藁鉄砲を作り地面を叩いてモグラを追払う仕草をしたものです。陰暦の10月10日です。

 最近、私のブログ内の人気ランキングでは六曜についての記事が上位にきてます。この六曜は現在では結婚式、葬儀、上棟式、車の納車日、開店日に関係するくらいです。

 これに関して、不思議なことがあります。十五夜と十三夜、十日夜については毎年この六曜が必ず決まってるのです。十五夜は仏滅、十三夜は先負、十日夜は先勝です。このため本日は先負ですので、午前は悪くとも午後からいろいろ良くなるでしょう。

 ところで、私が20歳の頃、作曲家・滝廉太郎の妹という方がおよそ90歳の高齢を押してテレビ出演されたことを記憶してます。兄・廉太郎について思い出話を述べてました。その中で、私が注目したのは彼女曰く「兄はとっても月に興味を持ち、よく月の曲を作っていたようです」と仰ってました。

 そう言えば「荒城の月」は日本の名曲といえるでしょう。しかし、私がこんな素晴らしい歌が世にあるだろうかと思う曲は、彼の作曲した組曲「四季」から「秋の月」という歌です。今夜は十三夜を見ながら歌いたいです。

           「秋の月」    滝廉太郎作詞作曲

 光はいつも変わらぬものを ことさら秋の月の影は

 などか人にものを思わする などか人にものを思わする

 あゝ鳴く虫も同じ心か あゝ鳴く虫も同じ心か

 声のかなしき

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2007年8月17日 (金)

華氏は人間の生活中心

Dscf0967  今年の夏は各地で摂氏40度を記録し、昔の日本ではなくなってきた感じがします。気温の測定はあくまで太陽が直接当たらない百葉箱で計測したもので、これは地面から1メートル20センチほどに設置してあり、日の当たる外は50度くらいになってると思われます。

 それでも、本日、初めて蝉の声も油蝉に混ざってツクツクボウシが鳴き始めました。これが鳴くと夏も終わりの気配になります。私にはこの鳴声が「オーシンつくつくオーシンつくつく【夏は】もういよーす、もういよーす」と聞えます。夏に別れを告げてる言葉のようです。上空はすでに秋です。

Dscf0966 写真は昨日の倉賀野の閻魔堂のお祭りです。父母はよく「閻魔堂のお祭りが来ると朝晩は涼しくなる」と言ってました。暑い暑いと言っても夏至の時に比較して、日の出は36分遅くなってるし、日の入は32分早まってますから、日照時間はすでに1時間以上短くなってます。これは太陽黄道が夏至の90度に対し、現在は約145度になってます。随分、移動してます。

 ところで、私たちは40度を異常に暑いと言ってますが、気温の数値を当たり前のように摂氏で言ってます。しかし、昔の日本では華氏のときもあったのでしょうか。私の父は明治29年生まれですが、時々「今日は90度だよ」なんて言ってました。「それじゃ煮えちゃうよ」と私は言ったことがあります。それでも、この数値には正に「うだるような暑さ」の感じがよく出ていたように思います。

 私たちは子供の頃から、当然のこととして摂氏を使ってきましたが、「私は個人的には断然華氏がいい」と思ってます。ご存知のように水の沸点を212度とし、氷点を32度としてます。また、人間の体温を約100度とし、0度は人間が生活可能な低温の限界となってます。摂氏ではマイナス18度くらいです。ですから「華氏は人間が生活できる温度の範囲を100等分してる」ことになります。これによると生活しやすい温度は65度くらいでしょう。テストの平均点のようです。摂氏では約18度くらいと思います。このため「華氏は人間生活を中心とした数値」になるので、私には理想的に思えてなりません。私たちは一般的に物事を判断するとき便利なパーセントを広く使ってますが、これと同じになります。

 連日、各地から摂氏40度以上が報告されてます。これは華氏では100度を超えてますので「人間が生活する温度でない」ことを示します。

 イギリスやアメリカでは華氏のようですし、インドでも華氏でした。しかし、最近では世界的な傾向として摂氏になりつつあるようです。これは沸点を100度、氷点を0度とした科学に基づき、人間より自然中心の観点から、摂氏が便利と思われてるのでしょう。

 私は、人間生活の可能な範囲を100等分した華氏はいかにも人間を大切にする測り方で、いつの日か日本でも華氏が使われることを願ってます。

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2007年5月25日 (金)

六曜の順番について

Dscf0728 昔からの風習で依然として現代社会にも影響を及ぼしてるものに六曜(六輝)があります。先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口というものです。特に友引、仏滅、大安の影響は大きいようです。例えば結婚式の日取り、葬儀、上棟式、自動車の納車日、開店日などです。

 これらの始まりは定かでありませんが、江戸時代には現在の月、火、水、木、金、土、日はなかった筈ですから、これらが日常生活で重要な役目をしていたのでしょう。

Dscf0721 現在はカレンダーによってはこれを無視し、表示しないものも多いです。しかし、上記のような仕事に関係してる会社では業務予定を立てるには大切な要素で、これにより日程が一年先まで決定されるのでしょう。

 私が今まで不思議に思っていたのはその順番がしばしば変わることです。普通は先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口の順ですが、時々途中が抜ける日があります。例えば大安の4日後また大安が来たりします。何を基準として決定してるか調べてみました。

Dscf0729 結局、これは旧暦から来ています。ですから現在でも旧暦の名残があるのです。風習というものは140年経過してもそうは変わらないと感じました。

 旧暦の毎月1日に新しくなるのです。つまり新月の日です。しかし、月によって始りが異なります。正月と7月は先勝から始り、以下2月と8月は友引から、3月と9月は先負から、4月と10月は仏滅から、5月と11月は大安から、6月と12月は赤口からと決まってます。閏月も同じです。これにより六曜の時々途中が抜ける理由が分かりました。

 それから便利なことに旧暦では毎年、何月何日の六曜は同じです。例えば8月15日の中秋の名月は毎年必ず仏滅であるということです。

 これとは別ですが、現在世界共通の暦も本当に不思議です。「季節と月日がずれないように常に調整」しながら毎年進んでいるのです。閏年を設けたりして調整してるのですが、そででも長い年月にはどうしても誤差がでるようです。遠い将来の暦のことは人類の子孫に考えてもらいましょう。

 これらは取りも直さず、地球が太陽の回りを一周するのが、365日5時間48分46秒であることに起因してるのでしょう。

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