カテゴリー「防災」の11件の記事

2016年5月 6日 (金)

戦時中、父母が使った防火用水が今、役立つ

P1010049 【車庫の雨水を溜める防火用水】

 夜中に少しでも雨が降ると殆ど空であった防火用水が翌朝満水になります。早速、この天然水を有効利用し、多くの花木に灌水しても只であることから何か得した気分です。

 日本の歴史を紐解いても、水の重要さについては如何に河川から田畑に水を引くかなど、先達は工夫して水路を作りました。その名残は今でも至る所にあり、農業用水や防火用水として私たちの生命維持に役立ってます。

P1010062 【灌水でたわわに実り始めた梅の実】

 5月4日は「みどりの日」です。多くの植物はこの日に殆ど新緑となり、一年で最も生気に満ちてます。新芽が吹き出るのが比較的遅い「サルスベリ」や「ねむの木」など夏に開花する樹木も新緑になり、漲る生命力に満ち溢れています。

P1010059 【やっと芽が出たサルスベリの新緑】

 拙い経験では、サルスベリに多くの水を与えると見る見るうちに樹木の勢いが変わり、7月上旬に開花する花の濃さが、より真紅となり、私に不足してる情熱さを催促してるように思えてなりません。今年こそサルスベリから与えられる「情熱」を近未来の生活に生かしたいものです。

P1040006 【二年前の開花】

 たまたま、私は職業が高校音楽教師であったことから本来、情熱こそ音楽芸術の根幹である筈なのに、現在の私にはこれが大分不足してるかもしれません。

 有難いことに、友人Samuel Toddさんから情熱については、幾度となく教えを請うてますが、彼の青春時代の体験や、ニュージーランドでの女子教育、国内での女子教育の体験からアドバイスをいただいてます。近未来には彼のご指導が実を結び、私は今の生活と決別できるのではないかと密かに期待してます。

P1010061 【灌水すると葉の勢いが変わる芍薬】

 ところで、車庫の屋根に降った雨水の有効利用は多くの方々にお勧めします。雨水は河川に流れ込む仕組みですが、屋根に降った雨の一部でも溜める設備を作ると植物の灌水はもちろん、防火用水として役立ちます。火災では何と言っても水です。バケツリレーするにしても水がたくさん溜まってなければ不可能です。

P1010054 【防火用水の重さは推定200K、満水では400K】

 この防火用水は庭の異なる所からここまで転がして来ました。近くにはリンゴの木、キンカン、アンズ、ねむの木などがあり、朝夕、二回灌水してます。

 植物の成長にとって必要な三要素は「太陽」「良い土壌」「水」です。特に新緑の頃、開花時、そして実が生ってるとき水が必要で、与える水の量により、結果が違ってきます。植物の生育を観察してると人間の努力により違いが出ることが分かります。

P1010051 【ねむの木・・・実生から生まれた幼木】

 根の周りをクレーターのようにして灌水すると、根の深い部分まで水が達します。

 先の戦争が終結して70年経過します。戦時中は私の住む倉賀野町でも焼夷弾が落下し、火災が発生したと今は亡き父母より聞きました。子供たちを防空豪に入れたり、爆弾による火災を防くためにこの防火用水を使いました。

 今、防火用水を使用しつつ、子供を守ろうとした当時の両親の思いが伝わってきます。私たちの子々孫々に至るまで国家間の摩擦や争いは話し合いによって解決するのが人類の知恵です。

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2015年9月14日 (月)

「煙の恐怖」とAEDを体験・・・意義ある防災訓練

P1070169 【防災訓練中も常に出動状態にある消防車】

 昨日、倉賀野町上四町内で防災訓練が行われました。私も役員として作業とともに、三種類の防災体験をしました。町内の参加者は今までにない緊迫感を持って実践的な防災訓練ができました。

 3.11東日本大震災に始まった昨今の日本列島は、昨夏の広島県の山崩れ、今般の関東東北に亘る大雨と、それによる鬼怒川の堤防決壊による大洪水など、次から次へと自然災害が猛威を振い、人生の途中で想いもよらず犠牲となられた方々のご冥福を祈ると共に、未だ行方不明の方々の無事を祈ります。

 ところで、今般の「鬼怒川」の堤防決壊とそれによる大洪水は、遠い昔の祖先がこの河川の恐怖を現代人に伝えるための命名だったのではないでしょうか。鬼が怒る川とは、おそらく1000年以上昔から、川沿いの人々は幾度となく大洪水の恐怖に慄き、幾多の犠牲が繰り返されたのではないでしょうか。

P1070172【このテントの中は煙が充満】 

 このような現実の下、今回、町内で行われた防災訓練は決して形骸化が感じられず、参加者全員が真剣に取り組むことができました。従来は起振車による揺れの体験などが主で、どうしても見てる人の笑いを誘うことになり、防災訓練での緊迫感が不足がちの面もありました。

 今回の訓練では消火器の実践もありましたが、圧巻は「充満した煙のテント内を通過する体験」です。

 参加者全員が三人ずつのグループで中に入ります。テントの長さは7~8mで結構長いです。実験ですから、煙の種類については吸っても危険がなく、熱のないものです。

P1070171 【恐る恐る入る参加者】

 ついに私も入りました。入る否や白い煙だけで全く何も見えません。出口の方向も分かりません。ハンカチを口に当てましたが、息が吸い難く、実験であっても途中で命の危険を感じ恐怖感に駆られました。歩くとテントの壁にぶつかってしまい、方向感覚がなくなり、パニック状態になりました。

 現代の火災では、合成樹脂の建材から排出される猛毒の煙を一回吸うだけで多くの場合、意識が朦朧としてしまうようです。

 それに加え、実際の火災の煙は想像を絶する高温であることから人間の判断力や、肉体は一瞬にして機能しなくなるでしょう。こんなことから、一にも二にも火災を出さぬ不断の心掛けと避難経路の確保ではないでしょうか。

P1070176 【心臓マッサージとAEDの使い方を体験】

 前述の通り、今回の防災訓練では、参加者はどの分野も真剣に体験しました。先ず、倒れた人のダミーを使って心臓マッサージの方法です。両手を重ねて腕を伸ばし、胸の中心部に体重をかけて連続して30回押します。

 その後、持ち運びができるAED=Automated External defibrillatorを使う体験をしました。赤い器具を開けると音声で案内が始まります。身体に貼り付けるパットが2枚あります。一枚は患者の右胸の上部に、もう一枚は左胸の横に貼り付けます。その後も音声通りに行います。

 一度体験しておけば、実際に遭遇しても人に頼らず、慌てず対応できるでしょう。多くの人がAEDの扱いを体験しておくべきと思います。

 一方、最近は公共施設など多くの施設にAEDが設置されてます。しかし、現場の職員も扱いについてあまり体験してないと聞きます。

P1070167_2 【災害時の簡易トイレ】

 いざというとき行動できる気構えが一人の命を救います。今回、煙が充満した室内体験、及び、心臓を回復させるAEDの体験ができました。AEDは専門家に任せる気持ちを捨て、居合わせた人の誰もが実施できる必要があります。また、災害時に不足して困るのは飲料水、保存食、防寒用具、そして、トイレです。

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2011年9月 1日 (木)

今日は防災の日・・・先人の戒めは宝

 この画像は9月1日の群馬県高崎市を流れる烏川の午前7時の様子です。遠方は上越、長野両新幹線の橋です。この付近はその昔、江戸から荷物を運んできた舟の終着点で倉賀野河岸といわれるところで、現在でも港の雰囲気が漂ってるように感じられます。下の看板をクリックし、お読みください。

 烏川は、台風12号の影響で水は濁り、水量は通常の3倍ほどです。群馬県西部・下仁田方面から流れてくる鏑川と倉賀野の東で合流し、7Kほど下流では上野村に源流を持つ神流川と合流、10Kほど下流では玉村町の東部で利根川に合流します。

 このように群馬県の河川は最終的にすべて利根川に流れ込みます。故に台風の来襲時、下流域の群馬県東部、埼玉県北部の利根川の水量は莫大です。利根川の流域面積は日本の河川の中で最も広く、国土全体の4.4%といわれます。

 戦後間もない昭和22年のカスリーン台風は関東地方に大雨を降らせ、堤防の決壊などで多数の犠牲者が出ました。県別死亡者数は群馬県592人、栃木県352人、埼玉県86人、茨城県58人、東京都8人、千葉県4人の合計1100人です。これらの方々は悲惨な戦争が終わったのも束の間、利根川の氾濫で犠牲となられました。

 自然災害とは繰返し起こることが歴史の教える所。国による早急の治水対策が国民の人命を守ります。これが1都5県による八ッ場ダム建設を強く望む所以です。

 2011年9月4日の台風12号の進路予想です。行く手に高気圧が3つあり、前に進み難い台風12号は四国に上陸し日本海へ抜けるようです。ゆっくり進む雨台風です。避難勧告が出たら、低い土地や山崩れの危険がある個所では早めの避難が肝心です。特に夜間は避難に手間がかかるので早めの行動が安全です。

 ところで、昔、怖いものは「地震、雷、火事、親父」といいましたが、確かにその通りだったです。私も父が怖かったです。常に仕事をしており、そばに行って気楽にしゃべる雰囲気はなく、遊んでもらった記憶は殆どないです。

 敢えて思い出せば4才頃の夏、上記の烏川に連れてってもらい、父が平泳ぎをして私が父の背中に乗ったことがおぼろげに思い出されます。まるで、浦島太郎が亀に乗っているようだったです。しかし、それ以外は怖かったです。家族8人を養う重責があったからでしょう。その反面、母が優しかったです。

 今回の3.11の地震と大津波は稀に見る大きなものでした。犠牲となられた方々へ、お悔やみ申し上げるとともに、被災された方々に衷心よりお見舞い申し上げます。

 今までの歴史をひも解いても、遠い石器時代や縄文時代以来、大津波はかなりの回数がやって来てます。「災害は忘れたころにやって来る」の言葉通りで、前触れなしに突如です。

 これから生まれてくる人たちへ、石碑などによって伝承しなくてはなりません。何故なら、現存する人間がすべていなくなった後だからです。

 内容は家を建てる場所についてです。安全な高台を確実に示すべきで、縄文時代の貝塚が発見されてる位置などは、遠い祖先の体験に基づくものです。大昔の人々も度重なる津波を体験した筈です。未来も同じ規模の津波が押し寄せることは間違いないでしょう。

 一方、今回、一部地域では先祖による戒めの石碑が高台の中腹に建っており、「これより下に家を建てるな」というものです。この地区では戒めを忠実に守り、家の流失はなかったと伝えられます。

 私たちは災害を体験した祖先の戒めに耳を傾け、未然に危険を防止しなくてはなりません。また、それを子孫に伝えることが今生きてる私たちの役目です。

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2011年6月23日 (木)

3・11以後、女性の結婚志向が増加

 平素、英単語のボキャブラリーのために読んでるThe Japan Times Weeklyに、震災以来、特に女性の結婚志向が高まってるとの記事が掲載され、2~3度読み返し、拙い訳を試みました。

 3月11日の地震と津波の直後に多くの人々は非常用食料、生活用品など買い求め、迫りくる停電のため(ローソクや乾電池、ガソリンなど)エネルギー源の買い入れに殺到しました。

 その後、日々、高まる不安感が続く中、多くの女性は次第に何かを探し求める気持ちになったようです。それは結婚相手です。このように辛いときこそ、家族の重要性を再確認したり、今までの生活様式を考え直すようになりました。

 地震と津波以来、追い打ちをかけるように未だ国家が経験したことのない深刻な原発危機が続いており、結婚相談所の報告によると、女性の入会者が急増し、結婚が整いつつあり、宝石店では婚約指輪や結婚指輪が飛ぶように売れているとのことです。

 離婚してから6年経つ静岡県の38才の女性は、マグニチュード9.0の地震と津波の4日後の3月15日に相談所に入会しました。

 彼女曰く「地震以来、特に夜間が不安です。9才の娘と二人だけの生活は余震のたびに、安心のために家には男の人がいて、やはり家族は正常の状態であるべきとの気持ちになりました。」

 彼女は相談所を介し、一人の男性とお見合いし、もし再婚できれば、できるだけ家で娘と一緒に過ごしたい希望です。

 同様に、東京の30才の女性は震災によって結婚が促された気持ちになったと述べてます。「運命というものはいつ我が身に降りかかってくるか分からない。今までしてこなかったことは結婚であり、子供を持つべき」と実感ました。

 大手結婚相談所ノッツェ情報センターによると、3月の震災以来、女性の入会者が13パーセント増加し、別の相談所О-netでは3月、4月には昨年の同時期と比較して入会者数が20%増加し、多分、「震災によって多くのカップルが結婚を後押しされたようです。」とのこと。

 高島屋の新宿支店では婚約指輪と結婚指輪の4月の売れ行きが1年前に比較し30%増となり、震災により20代の多くの恋人たちも、より強い絆を確認する傾向になったと感じられるそうです。

 4月に実施したある全国規模の世論調査では、300人の母親の76%が3月以来、生き方と生活様式、ものの見方に変化が生じ、最も大きな変化は食習慣、節電への取り組みで、また、多くの回答者の答えは「生きることそのものの取り組みに意義深い変革を感じ、それは家族や友人との結び付きです。」

 世論調査の中で、34才の愛知県の女性は心に決めた生活での取り組みは、今後はもう先延ばししないつもりで、「たとえ、主人と喧嘩しても出来るだけ早く仲直りに努め、それは、もし突然の災害がやってくるとお互い再び会えなくなることもありうるから。」とのことです。

 「災害は多くの人々に、平素は何とも思わなかった物事の重要性について再認識させ、それは家族や多くの社会の方々との絆です。福島第一原発による停電と水道水の放射能汚染など社会で起こったことが、現実に私たちの家事や育児など個人の生活に密接に関連することを知ることになりました。」と、生活様式コラムニスト百瀬氏が述べてます。

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2010年8月12日 (木)

残されたメモ

Dscf0971  25年前の今日、羽田を飛び立ち大阪へ向かったJAL機が群馬県上野村御巣鷹の尾根に墜落しました。現場は急峻な奥山。掛け替えのない命を落とされた520名の方々に改めてご冥福をお祈りいたします。

 最近になっても、残骸の一部が発見されたと報道があり、現場は大きな木の根元が炭化し、現在でも当時の様子を知ることができます。

 私は群馬県高崎市に住んでるので、車で1時間30分の現場に行かなければと思いつつ、ご遺族の方々に失礼があってはならないと思い、10年ほど前になってから、三度お参りしました。車から降りて標高差180mの現場まではきつい道のりです。

 それでも、以前より道が整備され、登山道が多少短くなったとはいえ、ご高齢の方々にとっては大変な急勾配です。

 想像できないほどの死の恐怖が充満してる機内。その中にあっても、家族に宛てたメモ書きは胸を打ちます。

 「ママ、こんなことになるとは残念だ。子供たちの事をよろしくたのむ。本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している。」と奥様に書かれたメモ。

 「しっかり生きろ。哲也、立派になれ。」と2才の長男に書かれたメモ。

 「ハイヒールを脱いでください。おちついてください。身の回りの用意をしてください。」不時着する場合に備え、機内放送の要点をまとめたと思われる客室乗務員のメモも見つかりました。

 夫は最後まで夫として妻への思いを、父は最後まで父として子どもの成長を夢み、乗務員は最後まで客の安全のために職務に専念してたことが窺えます。筆跡はどれも乱れ、揺れ動く機内の中で心を振り絞って、妻や子供への思いをメモに託したのでしょう。

 きっと、発見されずじまいのものも多くあったと想われます。

 昨晩、上野村を流れる神流川(かんながわ)では、犠牲者を偲ぶ「灯篭流し」が行なわれ、本日は午後6時から「慰霊の園」で追悼慰霊式が予定されてます。明日は盆の入り。

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2010年2月27日 (土)

人間に対し脅威にも恩恵にもなる利根川水系

931  我が群馬県では利根川水系・吾妻川に建設予定の八ツ場(やんば)ダム完成の見通しが未だ不透明で、地元・長野原町住民にとって生活再建はもとより、押し寄せる高齢化とともに解決のめどが立たない現状に日々疲弊しています。地方を大切にの旗印はどうなってるのでしょう。

 戦後間もなく関東に襲来したカスリーン台風=Cathleen typhoonは歴史的大洪水をもたらし、それを機に利根川水系では大規模な土手の着手となりました。

2625 【群馬県庁展望台より撮影】

 ところで、10年ほど前、この利根川中流域沿いに位置する埼玉県旧・原道村を訪れたことがあります。ここにはその名も原道小学校が存在し、私と同じ柿沼姓の家々が多く立ち並び、近くの寺を訪れても墓石に刻まれた家紋が我が家と同じであることを発見し感動を覚えました。原道村が紛れもない我が家のルーツと確認できたのです。

 江戸時代末期に生まれた祖父母は明治20年頃、ここ原道村から裏の利根川を行き来する舟に着の身着のまま乗り込み、船頭に川を上って上州の行けるところまでと頼み、着いたのが倉賀野河岸でした。これが元で孫の私は現在、高崎市倉賀野町に住んでます。

 昔の村では親の決めた相手と結婚するのが通例であり、祖母はその通り一度栃木県に嫁ぎました。それでも当時乙女であった祖母の心は近所に住んでた若き日の祖父に惹かれていたのです。ついに2人は決断。情熱の初志貫徹の日がやってきたのです。

 「村人に後ろ指をさされることのない別天地こそ、俺とお前の生きるところだ。」この思いで二人は原道村に別れを告げ、人目につかぬうち舟に乗り込み、見知らぬ上州をめざし、やっとのことで終着地である倉賀野河岸に辿り着きました。これで二人にとって周囲を気にせず、好きな人と暮らせる大きな夢が叶ったのです。

 伝え聞くところでは祖母は栃木県の嫁ぎ先に子供を置いてきても、「人生は一度」と自らの意思により祖父と一緒になる方を選んだのです。その後、二人はずっと倉賀野に落ち着き日用品店で生計を立て、屋号は懐かしい故郷から取り「原道屋」としたのです。私が生まれるずっと前に祖父母は他界してましたので、祖父母についてはすべて生前の父母から聞いたことです。私がこの世に生を受けたのは利根川の恩恵によることが分かります。

 実は、私の祖父母の故郷一帯も戦後、カスリーン台風の大洪水に見舞われ、私が訪れた時、あまり見かけないほどの大きな土手が延々と続いていました。昔から大洪水に見舞われてたことが頷けます。

 近年、地球上ではアフリカ中部など中心に水不足が深刻化してます。地球温暖化が進む中、水は人類の飲料として、より必要不可欠なものになってます。一方、水は時として多数の人命を飲み込む脅威にもなります。これは人類の知恵で未然に防がなくてはなりません。

 しかし、大自然の脅威は時として人間の学識を遥かに超えるもの。「子々孫々の安全を守るため」今生きる人間こそが八ッ場ダム建設を推進すべきです。 

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2009年12月29日 (火)

耐震化工事より高校無償化にお金を回す新政権

 もうすぐ阪神・淡路大震災の「1.17」がめぐってきます。地震直後に起きた火災による噴煙の映像が今でも脳裏から離れません。犠牲となられた方々に心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 また、北京オリンピック開催直前に起きた四川近郊の大地震では授業中の校舎が多数倒壊し、たくさんの児童生徒が犠牲になったと報道されました。瓦礫の下を探し求め、我が子の名を叫ぶ痛々しい父母の姿が映し出されました。この地域では耐震構造(earthquake-proof construction)があまり進んでなかったと伝えられます。

 21年度予算編成を新政権は「国民の命を守る予算」と銘打っていますが、内容を見ると地震国日本でありながら、突如やってくる大地震に対し認識が甘すぎると感じられます。

  自治体が来年度に着工予定の小学校など5000棟の耐震工事のうち2800棟が着工できないといわれます。これにはとんでもない訳があるのです。政府は学校の耐震化こそ何をおいても早急に進めるべき事業ではないでしょうか。

 これから先、授業中に大地震が起こる可能性は否定できません。こんなことになれば、日本の将来を担う小・中・高校生の多くが犠牲となる可能性があり、考えただけでも恐ろしいことです。

 喉元を過ぎれば熱さを忘れてはなりません。日本列島は太平洋プレートなどが沈み込む上に位置し、地震の脅威に永遠に晒されてる宿命です。子供たちが安心して勉学できる校舎の耐震化こそ、高校授業料無償化とは比較にならない優先すべき事業で、時間的に先送りしてはなりません。

 ところで、高校授業料の実質無償化とは「どんな裕福な家庭にも一律に支援する」とのこと。これでは富裕層はますます富裕となり子供たちの生命を二の次にしてるようなものです。

 徹底した無駄の排除を訴えている新政権にしては、一律の支援こそ全くの無駄といえるでしょう。子どもたちの生命ほど大切な日本の宝はないのです。

 高校授業料を一律に無償化する財源は約4000億円と計上され、これにより、学校の耐震化工事の補助金にしわ寄せがきているというのです。

 英国の経済紙「エコノミスト」は11月末、新政権の経済運営を論評し、予算削減を担う事業仕分けは「街で一番の人気ショー。」「巨大な歳入不足という穴を埋めるのに、爪楊枝を使うようなもの」と事業仕分けを皮肉ってます。

 ところで、小・中・高校では春秋の年2回、防災避難訓練を実施してます。しかし、学校は何百人から場合によっては1000人以上と人数の多いところです。瞬時に襲う大地震では、たとえ避難経路が設定してあっても、2階以上の児童生徒は避難経路に殺到・渋滞し、倒壊前に全員の避難は難しいでしょう。

 これを未然に防ぐには、残る2800棟の耐震化工事こそ何をおいても予算をつけ、今すぐ着工すべきです。

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2008年9月 1日 (月)

明日はわが身と考え対策を

 死者・行方不明者が10万人以上であったといわれる関東大震災から今日で85年目。その日の天気図は能登半島付近に台風があったとされてます。台風の接近と地震の発生との因果関係は証明されてなくても、関東地方は強風に煽られ大火災になったことが頷けます。100Kも離れてる高崎から「東京の空が真っ赤に見えた」と亡き母は言ってました。

 最近の地震発生の頻度を考えると、平成7年の阪神淡路大震災以降、21世紀になって地球は地震活動期に入ったようです。日本列島は新潟県山古志村などの大震災、最近では宮城内陸地震をはじめ東北地方で頻発してます。

 北京オリンピックを控えた中国四川省ではM7.8、により授業中の学校も倒壊し、多くの子供が犠牲となりました。死者は6万人を超えたと伝えられます。日本の公立小中学校の耐震化率は都道府県によって異なりますが、平均62%といわれます。

 地球人の宿命で今後も地震は起こります。これから30年以内に首都直下型地震が発生する確率は70パーセントと言われてます。いつどこで地震が発生してもおかしくない状況でしょう。防災の日の今日、改めて地震から命を守る手立てを考えたいです。

 大地震で亡くなった殆どの方々は家の中に取り残されたまま、といわれます。家から出らず火災が起こったらどうにもなりません。

 私は思います。大地震が発生したら瞬時に安全な【外部に避難】することです。しばしば「机の下に潜れ」とのことですが、とりあえず天井からの落下物に対するだけで、肝心な命のためには逃げ遅れるだけです。

 【頭に何かを覆い、怪我してでも命のためには外にi逃げるべきで、一刻を争います。】

  夜間に大地震が発生すると、寝室では重い家具の転倒により下敷きになる可能性が大です。【家具の転倒防止とガラスの飛散防止は命を守る基本】です。室内で大怪我すると、その時点でもう外へ逃げられません。

 家具の転倒防止は「壁と家具を金具でしっかり固定しておくこと」で、備えあれば憂いなしです。また、ホテルやコンサートホールなど多くの人が集まる場所では「避難口を確認する習慣」です。

 予測される災害は地震・火災はもちろん、気候変動によるゲリラ豪雨と洪水、また、あってはならないが、テロ事件。どれも「対岸の火事」と思わず危険を想定し、心の備えをしておきたいものです。

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2008年7月19日 (土)

就寝中の火災から身を守るには

P1020048  火災による死者は年間1000名を超え、原因は逃げ遅れがほとんどといわれます。就寝中、発生した火災に気づいたときは、きっと、どうにもならない状況でしょう。私たち人間は熟睡してるとき、果たして、どの程度の焦げ臭さ、火や煙、熱さ、燃える音、苦しさで目が覚めるのでしょう。

 暗闇の中で、突如、このような状況になると、何が何だか分からずパニックとなり、結局、多量の煙を吸って意識を失うと思われます。

 これを防止できるのが住宅用火災警報器です。夜間、就寝中に【火災を素早く知らせる優れもの】で、近年、一般住宅に設置が義務化されました。火災警報器ほど命に直結し、絶体絶命の危機から救ってくれるものはありません。

 ところで、本日、これをテーマら選んだ理由はパンフレットや業者の説明で腑に落ちないことがあります。

 それは火災警報器の設置方法です。煙式と熱式の2種類があり、設置場所は寝室、2階建では階段の上部、廊下など煙式を設置となってます。台所には熱式がよいとのことです。

 実際を想定してみます。夜間、台所付近から火災が発生した場合です。現在の住宅は高気密でドアーもぴったり閉まり、2階で熟睡中、台所の警報器が鳴っても果たして目が覚めるかどうか疑問です。続いて階段の警報器が鳴れば気づくかもしれないが、階段の警報器が鳴ったときは黒煙の上昇のため、もう階段からは降りられません。熱く猛毒な黒煙の中、逃げ場を失います。

 つまり、多くの警報器は【火災を感知してそのままそこで鳴るだけ】です。火災発生と同時に2階の寝室の警報器は鳴らないのです。

 警報器の音はかなり大きいと説明がありますが、お酒でも飲んで2階で熟睡してるとき、あるいは耳の遠い高齢者は気づかず逃げ遅れる可能性が大です。

 この不安を解消するには、【火災発生時に住宅内すべての警報器が同時に鳴るシステム】です。費用がかさんでも命には代えられません。

 我が家では配線しなくても電波によりすべての警報器が連動し、同時に鳴るタイプを設置しました。

P1020049  避難路について、2階で寝てる場合、階段の他にもう一つ避難路が必要です。階段から降りられないことを想定し、アルミ製の梯子を【屋内に用意】すべきです。

 千日デパート火災では7階のキャバレーでホステス約70名を含む118名が逃げ場を失い、折り重なるように犠牲となりました。その中で唯1名のホステスが生き長らえたのです。

 さて、問題です。【彼女はどうして九死に一生を得たのでしょう。】 

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2007年10月 1日 (月)

夢のような速報

 本日から「緊急地震速報」が始ります。P波【初期微動】とS波【主要動】の「到達速度の違い」を瞬時に利用し速報するものです。

  揺れが来る前に地震を知らせるとは夢のようなことです。

 ところで「緊急地震速報」が流れた時、人々はどのような心理状態になり、どのような行動をとるでしょうか。これは未知数なので回数を積み重ねで効率のよい避難に結び付けたいものです。

 大地震は広範囲にわたり揺れが来ます。震源地に近い地域では速報と揺れに時間差があまりなく、ほとんど同時でしょう。それでも1秒2秒を争う時は速報で助かる場合もある思います。震源地から離れた地域では、この速報がすごい威力を発揮する筈です。

 今までも地震速報がありますと、引き続いて津波の有無が速報されました。これも速くて不思議です。この速報を聞くたびに日本は実にすばらしい国と感心しています。

 以下は避難に対する私の考えです。 

 今までもよく教えらたことですが、地震が起きたら「家の中では机の下に潜りなさい」というのは「家の中にわざわざ自分を閉じ込めてしまう可能性が高く」非常に危険と考えてます。

 「緊急地震速報」は揺れの前に速報してくれるのですから、すばやく逃げるのが正しいと考えます。近年の大地震で死傷した多くの方々は家の中に閉じ込められて犠牲となりました。火災が起こったらどうにもなりません。

 ですから「部屋から出で、どこでもいいから閉じ込められない場所へ移動する」が正しいと思います。家が損壊するまで時間がかかるので一刻を争って逃げるべきです。この時、上から物が落下することがあるので、「上も向いて逃げよう」です。エレベーターでは速報と共に、すぐ外に出ることです。

 科学が発達し、「未然に人間を危機から救うこと」は本来の姿なのでしょう。すべての学問も究極には人類の幸福に寄与する存在でありたいです。

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