知床旅情はモーツアルトの協奏曲のひ孫?
1月1日は天文学的には意味がないようです。強いて言えば冬至の10日後ということでしょうか。しかし、立春は天文学上、意味があり、本日の日本時間午後8時が太陽黄経315°になる瞬間です。
長い期間、日本を含め多くのアジア諸国では太陽太陰暦により、この日の前後の新月【今年は2月7日】を新年にしてたので、「新春のお慶び」という年賀状に残る言い回しは季節的に理解できます。しかし、現在の1月1日では新春とは程遠い季節感ですね。
タイトルの「知床旅情」は森繁久弥さんが道東でのロケのとき作詩作曲されたといわれます。「今宵こそ君を抱きしめんと、岩陰に寄ればピリカが笑う」と加藤登紀子さんも歌われるこの曲は歌詞メロディーともに多くの人に愛され情感豊かな歌です。
いよいよ今日から春。寒かった日々から次第に日照時間が増し、春ということばを度々聞くようになり、「いったい何からしたらいいのか」と活動を始めなくてはならぬ心境です。
この時期の歌には、中田章作曲、「春は名のみの風の寒さや」で始まる「早春賦」があります。この作曲者は「夏の思い出」や「雪の降る町を」などを作曲した中田喜直氏の父です。群馬県立前橋高等学校校歌の作曲者でもあります。
また、今の季節にふさわしい曲として「春への憧れ」と題する歌曲をモーツアルトは亡くなる年に作曲しました。「いとしい五月よ来ておくれ、そして木々を再び緑にしておくれ」と、まだ寒い1月に作られました。
生涯僅かに35年の彼は「春への憧れ」を通して、もっと生きたい生への憧れをも歌ったのでしょうか。ところで、この歌の冒頭の旋律はその直前に完成した彼のピアノ協奏曲27番第3楽章の主題から取られてるといわれます。
実は以前から私は上記の4曲は旋律においてよく似ていると思ってます。
モーツアルトの「ピアノ協奏曲27番」第3楽章の主題が元祖であり、それを基に「春への憧れ」が生まれ、続いて中田章作曲「早春賦」が生まれ、最後に森繁久弥さんの「知床旅情」へと繋がってるように思えてなりません。特に二部形式であることが共通し、何と言っても音楽の出だしは本当によく似てると思います。
この意味から「ピアノ協奏曲27番」の子供が「春への憧れ」となり、孫として「早春賦」があり、そして「知床旅情」はひ孫と言ってもいいのではないでしょうか。ぜひ、順番に聴き比べて下さいね。














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